2016年7月26日
「『恋愛禁止違反で損害賠償』!? ~最近の二判決から考える~」
弁護士 北澤尚登 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
昨年(2015年)9月18日、そして今年(2016年)1月18日に、「アイドルの恋愛(交際)禁止違反に基づく、マネジメント側からの損害賠償請求訴訟」に対する東京地方裁判所の判決が相次いで出されました。前者はマネジメント側の一部勝訴、後者はアイドル側の勝訴となり、結論が分かれた点でも当時は注目を集めていた経緯があります。
昨年9月の判決は、女性アイドルとマネジメント側との間で締結されていた専属契約書等に「(アイドルと)ファンとの親密な交流・交際等が発覚した場合」はマネジメント側が損害賠償を請求できる旨、および「私生活において、男友達と二人きりで遊ぶこと、写真を撮ること(プリクラ)を一切禁止致します。発覚した場合は即刻、芸能活動の中止及び解雇とします/CDリリースをしている場合、残っている商品を買い取って頂きます」「異性の交際は禁止致します」といった文言の交際禁止条項が定められていたところ、アイドルがファンと称する男性に誘われて二人でラブホテルに入り、その事実が写真の流出によって発覚した(その結果、マネジメント側の判断により当該アイドルの所属するグループは解散に至った)、という事案に関するものです。
この判決では、アイドル自身が交際禁止条項の存在・内容を認識していた以上、それを知りながら異性交際をすることは(原則として)債務不履行や不法行為となり、それによってマネジメント側に生じた損害を賠償する責任を負う、というシンプルなロジックを展開した上で、マネジメント側が支出していた費用(グッズ作成費用・レコーディング費用・ダンスレッスン費用・衣裳代など)の額を損害(逸失利益=マネジメント側が失った利益)と認めた上で、マネジメント側の指導監督不足による過失相殺を適用して4割減額し、結果として65万円超の損害賠償請求を認めました。
他方、今年1月の判決は、専属契約書等において「(女性アイドルが)ファンと性的な関係をもった場合」にはマネジメント側が損害賠償を請求できる旨の交際禁止条項が定められていたところ、アイドルが男性と交際し男女関係を持った(その後、アイドル側からは契約解除を申し入れ、他方でマネジメント側はアイドルの異性交際およびグループ脱退の事実を公表した)、という事案に関するものです。
この判決では、「(恋愛感情)の具体的現れとしての異性との交際、さらには当該異性と性的な関係を持つことは、自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ、異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない自由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される」と述べました。その上で、「少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは、いかにアイドルという職業上の特性を考慮したとしても、いささか行き過ぎな感は否め」ないとの理由により、アイドルが異性と性的関係を持ったことを理由に事務所が損害賠償を請求できるのは「(アイドルがマネジメント側に)積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど、(マネジメント側に対する)害意が認められる場合等に限定して解釈すべき」という判断基準を示し、本件はそのような場合にはあたらないとして、損害賠償請求を退けています(ただし、交際禁止条項が一律に無効であるとまでは断定していないようです)。
このように、昨年9月の判決は形式論理を前面に出して損害賠償請求を肯定し、今年1月の判決は実質論を強調して損害賠償請求を否定したように読めますが、いずれにせよ「交際禁止条項が常に有効なのか(アイドルに対して法的な拘束力をもつのか)」「交際禁止違反を理由として損害賠償まで認めることに合理性があるのか」といった問題は、一概にYes/Noで割り切れるものではなく、法律用語でいう「利益衡量」(両当事者の実質的利害を比較して、公平なバランスを探ること)に基づいて実質的に判断すべきものと考えられます。
そこで、具体的な利益衡量を行ってみると、一方においてマネジメント側には「アイドルの育成やプロモーションには少なからぬ初期投資を要するところ、その投資がアイドル活動の売上げによって回収される前に(ファンが離れたり、解散や休止に追い込まれるなど)活動継続が困難になってしまえば、マネジメント側は損失を被り、ビジネスが成り立たなくなってしまうおそれがある」という「投下資本の回収」の論理があり、これには一定の合理性が認められるべきものといえましょう。
しかし、他方においてアイドル側の守るべき利益を考えると、恋愛や異性交際それ自体は、正面から憲法上の人権(自己決定権・幸福追求権)の問題として論じるべきか否かはともかく、薬物事犯や未成年飲酒のような違法行為でもなければ、不倫などの反道徳的行為や暴力団との密接交際のような反社会的行為でもない上、基本的には私生活上の事項であり、自然発生的な要素も否定できないため強制的な抑止にはなじみにくいことを考慮すれば、それとの実質的なバランスにおいて、「投下資本の回収」という経済的利益はある意味で譲歩せざるを得ないように思います。また、多額の賠償金を支払わされることはアイドル本人にとって経済的・心理的負担や萎縮効果をもたらすおそれが大きいため、賠償責任を認めることには慎重を期すべきともいえます。
したがって、交際禁止条項を一律に無効とまでは言い難いとしても、その効力を限定的に解釈することでケース・バイ・ケースでの妥当な解決を図るのが合理的と考えられます。
この点、今年1月の判決は前述のように、損害賠償の対象となるケースを「積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更に」交際の事実を公表するなど「害意が認められる場合等」に限定して解釈すべきという判断基準を示しており、妥当な方向性を示しているといえましょう(ただし、交際禁止条項を一律に無効とは判断してはいないため、損害賠償請求の可否以外の論点、例えば「アイドルの交際禁止違反を理由として、マネジメント側が専属契約を解除できるか」といった点は未解決の課題ともいえそうです)。
他方、昨年9月の判決は、そのような限定解釈のアプローチを採ってはいないようですが、具体的な事実関係をみると、専属契約の締結が平成25年(2013年)3月、デビューが同年7月、交際が同年10月初旬頃とのことですので、かなり早期に交際禁止が破られていたことがうかがえます。また、交際相手の男性がラブホテルでツーショット写真を撮り、それが所属グループのメンバーに流れたことで交際発覚に至ったようですが、仮にその経緯において、アイドルが交際相手に守秘させる努力を全くしていなかったような場合であれば、交際発覚についてアイドルに害意(あるいは、それに近い不注意)があったとも考えられますので、今年1月の判決と同様に限定解釈のアプローチを採ったとしても、やはり損害賠償責任を認めるという結論に至った可能性もあるのでしょう。
判断基準については上記以外にも諸説あり得ますが、いずれにしても、アイドルの損害賠償責任について(一部)肯定・否定の両判決が出たことによって、「裁判では、最終的にはケース・バイ・ケースで判断される」ことが明らかになったといえましょう。特に、昨年9月の判決の結論が「恋愛禁止に違反すれば損害賠償」というニュアンスで一人歩きしてしまうと、アイドル(や候補生)に対する萎縮効果が生じてしまうおそれもあったでしょうから、今年1月の判決が否定例を示した意義は小さくないように思います。
今後、判断基準が具体化されていくためには、さらなる裁判例の集積が必要となるでしょうから、(もちろん、アイドルが将来を閉ざされるようなトラブルの多発は望ましくないものの)同種事案の新たな判決が注目されるところです。
以上
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