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コラム column

2014年12月 3日

著作権契約出版・漫画

「改正著作権法と新しい書協ひな型について」

弁護士  桑野雄一郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)


■ はじめに

来年1月から改正著作権法が施行されます。
 ◆文部科学省「著作権法の一部を改正する法律案の概要」

既にご存知の方が多いと思いますが、今回の改正の大きなポイントが電子出版に関する出版権の創設(出版権の拡張)です。これは、従来紙媒体の書籍(文書・図画)だけが対象となっていた出版権を、CD-ROM等の電子媒体やインターネットを通じた配信行為にも設定することを可能にしたものです。これにより、出版業界が熱望していた、デジタル海賊版による著作権侵害に対して出版社が権利者として対策を講じることが可能になりました。
この法改正を受けて、一般社団法人日本書籍出版協会(書協)が、出版契約書のヒナ型を改訂し、公表しました。
 ◆書協「出版権設定契約ヒナ型2015年版(3種類)」

改正法とヒナ型については、既にセミナー等の様々な場で解説がされていますので、重要と思われる点だけ、かいつまんで説明をすることとします。なお、以下ではコラムという性質上、わかりやすさを優先するため、細かいところは割愛・要約している箇所もありますので、予めご了承ください。


■ 改正著作権法について

(1) 出版権の内容

改正法の下では出版権は以下のように分類されています(なお、「第1号出版権」という言葉は条文では使われていませんが、便宜上そのように表記しています。)。

一般的な分類 書籍(印刷物)の出版 電子書籍(電子化したもの)の出版
記録媒体の複製物の頒布 記録媒体を使った配信
現行法の分類 出版権 (出版権の対象外)
改正法の分類 第1号出版権
(複製権者が設定)
第2号出版権
(公衆送信権者が設定)


このように、一般的には、出版される作品を紙に印刷したものを書籍、電子化したものを電子書籍と分類していますが、改正法では印刷物であれ電子化されたものであれ頒布されるもの(第1号出版権の対象)と、電子化されたうえで配信されるもの(第2号出版権の対象)に分類していますので、注意が必要です。
また、書籍も電子書籍も、複製した上で発行されるという点では同じですが、第1号出版権は複製権者が設定する権利とされているのに対して、第2号出版権は複製権者ではなく公衆送信権者が設定する権利とされています。
つまり、
① 複製権者が設定する出版権を電子媒体(の頒布)にも拡張したこと
  (第1号出版権)
② 公衆送信権者が設定する電子媒体の配信についての出版権を新たに創設したこと
  (第2号出版権)
が今回の法改正の内容ということになります。


(2) 改正法の予定している電子書籍

電子書籍の可能性の一つに、従来の書籍にはない、動画や音楽なども盛り込んでマルチメディア化することが考えられます。マンガ「のだめカンタービレ」を読んでいる最中に登場人物が演奏している楽曲がどんなものかを聞くことができたり、グラビアのページが大好きなモデルやタレントが佇む動画になっていたり、といった電子書籍があったらどうでしょう。欲しいと思いませんか?
ところが、著作権法では、出版権の内容は、「文書又は図画として」の出版行為(第1号出版権)や「文書又は図画として」画面に表示させる公衆送信行為(第2号出版権)とされています。「文書又は図画」ということなので、音楽はもちろんですし、動画についても出版権の対象外ということになります。改正法は、紙の書籍を電子化した、あるいはそのまま紙の書籍にすることができる、そんな電子書籍を予定していて、マルチメディア化した電子書籍は想定外のようです。


■ 新しい書協のヒナ型について

(1) 新しい書協のヒナ型の内容

新しい書協のヒナ型には以下の3種類があります。
① ヒナ型1(紙媒体・電子出版一括設定用)
② ヒナ型2(紙媒体出版設定用)
③ ヒナ型3(配信型電子出版設定用)
上記の表を踏まえると、それぞれの内容は以下のように整理できます。

一般的な分類 書籍(印刷物)の出版 電子書籍(電子化したもの)の出版
記録媒体の複製物の頒布 記録媒体を使った配信
改正法の分類 第1号出版権
(複製権者が設定)
第2号出版権
(公衆送信権者が設定)
ヒナ型1 出版権の設定
ヒナ型2 出版権の設定 優先権
ヒナ型3 優先権 出版権の設定

ご覧いただくとわかるように、書協のヒナ型は著作権法の分類に対応した形で作られています。そして、書籍(印刷物)と電子書籍の双方について出版を予定している場合はヒナ型1を、書籍(印刷物)についてだけ出版を予定している場合はヒナ型2を、電子書籍についてだけ出版を予定している場合はヒナ型3を利用してくださいという説明がなされています。


(2) 優先権について

このヒナ型についての細かい説明は書協さんご自身から今後も情報発信がされると思いますのでそちらにお任せしたいと思いますが、今回のヒナ型で一つ注意しておきたいことがあります。それは、この表のヒナ型2と3にある「優先権」という権利です。
書協さんの説明によれば、書籍であれ電子書籍であれ、出版を予定している場合は出版権の設定を受ける、その予定のないものについては、出版権の設定は受けない代わりに優先権を認めてもらうというのがヒナ型の趣旨です。優先権の狙いは、出版の予定はないものについても、他人に抜け駆けをされたくないので、自分に優先的な権利を確保しておくということだろうと思います。ではこの優先権とはいったいどのような権利でしょうか。実は、「優先権」という権利自体は法律に規定があるわけではありません。ですから、優先権について定めたヒナ型の文言
  優先的に許諾を与え、その具体的条件は甲乙別途協議のうえ定める。
から考えることになります。

「優先的に許諾を与える」ということですから、少なくとも自分の知らないところで抜け駆け的に第三者許諾を与えるのは許さない、許諾をしたくなったらまずは自分に連絡をしろ、ということは言えそうです。ただ、その許諾の具体的条件は協議の上定めることになっていますから、その協議が整わず、条件について折り合いがつかなければ許諾が受けられないことになるでしょう。
また、「優先的に許諾を与える」のだから、第三者が自分と同じ条件を提示してきた場合には、自分を優先するべきだとも言えそうです。しかし、第三者が自分よりもいい条件を提示した場合に、著作権者としては条件を比較してより良い条件を提示した第三者に許諾を与えることになるでしょう。このような場合、著作権者が「優先的に許諾を与える」という規定に違反したと言えるでしょうか。やや厳しいのではないかと思います。こう考えると、「優先権」によって確保できる権利はあまり強いものではないものかも知れません。場合によっては他人に許諾をしない、出版権の設定をしないといったことを正面から定めておく必要があるかもしれません。


■ その他

(1) 改正法における出版権の細分化

改正法は、出版権者の権利について、「設定行為で定めるところにより、次に掲げる権利の全部又は一部を専有する」と定めた上で、第1号出版権に対応する複製行為と第2号出版権に対応する公衆送信行為を掲げています。
この「全部又は一部」という規定の意味として、文化庁は、第1号出版権と第2号出版権のいずれか一方という意味だけではなく、第1号出版権と第2号出版権のそれぞれを細分化することも可能と考えています。例えば、第1号出版権を、「書籍の出版」と「電子書籍(記録媒体の複製物)の出版」に切り離して別の者に設定することも可能というわけです。
おさらいをしますと、改正法の条文から把握できる出版権の種類は
① 第1号出版権 (1)書籍(印刷物)の出版
② 第1号出版権 (2)電子書籍(電子化したもの)の複製物の頒布
③ 第2号出版権   電子書籍(電子化したもの)の配信
の3つで、この3つをそれぞれ別の者に設定できる、というわけです。

また、これ以上の細分化についても、例えば、① 第1号出版権(1)を判型によって細分化し、単行本と文庫本を切り離して別の出版社に設定することも可能という見解が多いようです。この解釈を進めると、
① 第1号出版権 (1)の細分化...単行本と新書と文庫本に細分化
② 第1号出版権 (2)の細分化...CD-ROMとUSBメモリーに細分化
③ 第2号出版権の細分化...ディバイスや対応OSに応じて細分化
といったことも可能になるのかもしれません。
文化庁も、「利用態様としての区別が明確であり,権利の一部のみを専有することによって実務等に混乱が生じるおそれがない場合には権利の一部のみを専有することが可能であると考えられます」としていますので、この条件を満たせばこのような細分化は可能ということになりそうです。


細分化を進めた場合、時間の経過により新たな判型や記録媒体やディバイス、OSの発生により、誰も出版権の設定を受けていない、出版権の空白領域が生じる可能性があります。空白領域であることが明らかであればまだよいのですが、空白領域かどうかが微妙な場合、細分化された出版権者間で、そこは自分の出版権の領域だ、といった「領土紛争」が起こる可能性もあります。出版権を設定した時点では区別が明確で、実務等に混乱が生じるおそれがなかったとしても、将来このような紛争が生じる可能性は否定できないでしょう。
このような紛争になった場合には、出版権そのものが細分化された状態で成立するのか、出版権そのものは完全な第1号出版権又は第2号出版権(又は上記①ないし③の区別に対応した出版権)として成立し、それが契約上制限されるに過ぎないのかという理論的な問題が関係してきそうです。また、出版権の設定については登録制度がありますが、今回の法改正に併せて改正された著作権法施行令の別紙を見ると、登録申請に「出版権の範囲」という項目があります。細分化された出版権者間で紛争が生じた場合、出版権についての登録の有無、登録がされている場合にこの「出版権の範囲」についてどのような記述がなされているかがどう影響してくるのかという問題もあります。
なお、文化庁は、出版権の細分化について、「個別具体的な事例に対して,どこまで権利の一部のみを専有することが可能であるのかという点については,最終的には,裁判所において判断されるものとなります」として、裁判所の判断に委ねています。しかし、仮に細分化した出版権の登録申請があった場合、どこまで細分化した記述であれば受理し、登録をするのかという文化庁自身の判断基準も示す必要があるのではないかと思います。
なお、書協のヒナ型に従ってA社に対して細分化された出版権を設定し、出版権の範囲外については優先権を認めた場合、その後B社に細分化された(A社の出版権と重複しない)出版権を別途設定する行為については、それがA社に認めた優先権の侵害にならないかという問題も出てくる可能性があります。


このように、出版権の細分化については、理論的にも実務的にもこれからさらに議論を深めていく必要がありそうです。



(2) 出版権者によるライセンス

改正法において大きく変わった点に、出版権者が第三者にライセンスをすることが認められたことがあります。これにより、クリエイターの所属事務所がクリエイターから出版権の設定を受けた上で、出版社に対して出版のためのライセンスの交渉を行うなど、クリエイターの所属事務所のビジネスモデルへの影響が考えられます。
改正法の規定が、出版権は「出版行為...又は...公衆送信行為...を引き受ける者」に対して設定できる権利とされていることから、自ら出版行為・公衆送信行為を行わず、ライセンスをすることだけを目的としている者には出版権は設定できないという見解もあります。ただ、ライセンスを認めたこととの関係で、「引き受ける者」という規定が自ら行わなければならないとまで限定して解釈できるのかは疑問の余地があるところです。
クリエイターの所属事務所というのはやや極端な例かもしれませんが、電子書籍に出版権を認め、出版権者によるライセンスが認められたことにより、これからは書籍(印刷物)の出版をしたことはない、今後もするつもりもない、そんな業者が出版権者となり、電子書籍は自ら扱いつつ、書籍(印刷物)の出版については許諾をするというスタイルも増えてくることが当然予想されます。
近い将来、「出版権者の業界」は今の「出版業界」とはかなり顔ぶれが変わってくるのかもしれません。

まだまだ言及したいことはありますが、コラムとしては長大になりますので、今回はここまでといたします。

以上

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