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コラム column

2011年3月 2日

著作権

「知的財産権の通常実施権・利用権に関する第三者対抗要件について
 ~産構審知財政策部会特許制度小委員会報告書から~」

弁護士  諏訪公一(骨董通り法律事務所 for the Arts)

■はじめに

「知的財産推進計画2010」(平成22年5月知的財産戦略本部決定)及び「新成長戦略」(平成22年6月閣議決定)を踏まえ、平成23年2月、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会によって、「特許制度に関する法制的な課題について」と題する報告書が作成されました。

この報告書は、産業構造審議会の知的財産部会において平成23年2月16日に了承され、今後、本報告書の内容に沿って特許法等の改正が進められることになります。本コラムでは、特許権の通常実施権の第三者対抗要件が現在の登録対抗制度から当然対抗制度へ変更されることから、これらの制度をご紹介するとともに、著作権の利用権に関する第三者対抗要件の議論へ波及する可能性について考えたいと思います。


■現行制度「登録対抗制度」とは

現行の特許法上、通常実施権は、特許庁に登録をしたときに、特許権の譲受人等の第三者に対抗することができます(特許法99条1項)。このような制度を、報告書では「登録対抗制度」と呼んでおり、実用新案権法もしくは意匠権法の通常実施権または商標権法の通常使用権も、同様の登録対抗制度を採用しています。一方、著作権については、後述のとおり、利用権の登録対抗制度はありません。

登録対抗制度では、登録をしていない通常実施権者は、特許権の譲受人等にその通常実施権を対抗することができず、特許権の譲受人等に差止請求権や損害賠償請求権を行使される可能性があります。

また、破産法上、ライセンス契約の当事者が破産した場合、対抗要件である通常実施権の登録がなされていない場合には、破産管財人は、ライセンス契約を解除することが可能になります(破産法53条、56条1項)。


■登録へのハードル

しかし、実際に通常実施権を登録するには、以下のようなハードルがあり、実務上、登録制度はほとんど利用されませんでした。

まず、通常実施権者は、登録をするためには、原則、特許権者(実施権許諾者)と共同で申請をする必要があります(特許登録令18条)。しかし、通常実施権者が、特許権者(実施権許諾者)に対して登録を請求できるかについては、判例上は登録義務が否定されており、特許権者(実施権許諾者)の協力が得られないため登録ができない場合があります。

また、複数のライセンス契約に基づき多数の通常実施権が許諾されていることも多く、その全てを登録することには膨大な手間とコストがかかること、およびライセンス契約においては実施の範囲に係る条件を詳細に定めることが多く、通常実施権を過不足なく第三者に対抗するためには、その条件すべてを登録する必要があり現実的ではないこと、などの理由により、実際上登録が困難でした。

調査研究においても、財団法人知的財産研究所「ライセンス・特許を受ける権利に係る制度のあり方に関する調査研究報告書」(平成22年3月)によれば、国内の企業から通常実施権の許諾を受けたことがあると回答した者のうち、通常実施権は1件も登録していないとした回答は82.6%にものぼっています。


■登録制度改革

現行制度である登録対抗制度を前提に、特許法を幾度か改正し、使いやすい登録制度を模索してきました。

たとえば、平成19年の産業活力再生特別措置法(産活法)改正以前、特許の登録をするためには、特定の登録番号を指定する必要があり、特許番号を特定せずにライセンスを行う包括ライセンス契約は、登録の方法がありませんでした。そこで、平成19年産活法改正により、包括ライセンス契約も登録ができるように特定通常実施権登録制度を設けました。この特定通常実施権登録制度では、包括ライセンス契約の存在や内容それ自体が営業秘密である可能性があることから、登録事項と開示事項を分離する工夫を施し、登録の促進を図りました。

また、平成19年産活法改正において用いられた開示事項の制限を、平成20年特許登録令改正により特許法上の通常の登録制度にも導入し、登録制度の利用を促進しようと試みております。

しかし、これらの改正後も登録制度はほとんど利用されておらず、現行の登録制度を前提とする制度に限界が見えはじめました。


■当然対抗制度の必要性

報告書においては、通常実施権につき、DVDのパテントプールなどの例を挙げ、「企業の事業活動の安定性、継続性を確保する上で、通常実施権を保護する重要性が高まっている」とする一方、海外の特許買収業者の参入などにより、特許権譲受後の通常実施権者に差止請求を行うおそれが高まっていると指摘しています。

そして、登録を要せず保護すべき政策的必要性が高いこと、通常実施権が不作為請求権であることから特許権それ自体に対する制約が大きくないこと、特許の譲渡の際には実務上特許権者への事前確認(デューデリジェンス等)が行われていることを理由に、登録を必要とせず、自ら通常実施権の存在を立証すれば第三者に対抗できる「当然対抗制度」を導入すべき、と結論づけています。


なお、報告書によれば、主要諸外国では、アメリカおよびドイツでは当然対抗制度を採用し、フランスおよびイギリスでは、「悪意者対抗制度」(通常実施権者は、登録をしない場合であっても、悪意の第三者に対してはその通常実施権を対抗できるとする制度)を採用しております。


■その他の産業財産権への影響

特許権の当然対抗制度導入による特許権以外の産業財産権への影響については、結論として、実用新案権および意匠権には当然対抗制度が導入される方向であり、商標権については従来の登録対抗制度が維持されます。

実用新案権や意匠権については、(i)実用新案権および意匠権においても、登録が実務上困難な点があること、(ii)実用新案権や意匠権は特許権と共にライセンスを許諾することがあり、その場合のライセンス契約に当然対抗制度と登録対抗制度が混在することは望ましくない等の理由により、特許権の制度が当然対抗制度になるのであれば、実用新案権および意匠権も当然対抗制度へ移行すべきとされております。

一方、商標権については、(i)商標権は、その出所識別機能等の性質上、特許権と異なり、実務上一つの製品に多数の商標ライセンス契約が締結されることは例外的であり、現在の通常使用権の登録ができない事情は見当たらないこと、また、(ii)譲受人が、意に反して通常使用権の付いた商標権を取得した場合、当該商標が出所識別等の機能を発揮できなくなるおそれがあり、通常使用権の商標権に対する制約が、特許権の場合と比べて非常に大きいことから、現状どおり、登録対抗制度を維持すべきとされています。


■著作権法への波及

この報告書は経済産業省設置法に基づく審議会による報告書であることから、文部科学省管轄の著作権法に対する言及はなされておりません。しかしながら、今後、著作権法に対する影響も少なからずありうると考えられます。

現在、著作権法には、実名や第一発行年月日などに関する登録制度はありますが、著作権の利用権に関する登録制度は(出版権以外には)ありません。したがって、著作権者が著作権を第三者に譲渡した場合には、著作権者から利用許諾を受けた者(ライセンシー)は、著作権者の譲受人に対して利用権を主張することができません。また、そもそもライセンシーが第三者に対抗するための制度がないことから、著作権者が破産した場合に、破産管財人からライセンス契約を解除される可能性もあります。


そこで、著作権においても、平成19年10月の文化審議会著作権分科会法制問題小委員会中間まとめにおいて、ライセンス契約による著作物の利用権を登録することにより、ライセンシーが権利を第三者に対抗できるように法改正を行うべきとの提案がなされております。この中間まとめの著作権ライセンス登録制度は、現在の特許権の通常実施権登録制度を参考にし、登録対抗制度を採用すべきとしております。ただし、この中間まとめにおいては、「可能な限り特許等の登録制度との整合性を図りつつ制度設計する必要がある」(中間まとめ65頁)と指摘されていることから、特許の登録制度が当然対抗制度へ改正された場合には、著作権についても、今後、当然対抗制度の導入について検討される可能性もあります。

登録対抗制度と当然対抗制度を比較すると、登録対抗制度は、その登録された権利が公示されることから、取引の安全に資する制度であります。一方で、著作権においても、(特許法と同じく)一つの成果物に多数の著作権ライセンス契約が締結されることがあるため、仮に登録対抗制度が導入されても実際に登録制度が利用されることが困難であることが予想されます。当然対抗制度は、登録対抗制度で必要となる登録手数料等のコストをゼロにすることができ、また、大量に存在する著作権の利用権を逐一登録しなくてもよいという面もあり、当然対抗制度も、少なくとも非独占的利用権の場合には、十分検討の余地があると考えられます。


なお、登録対抗制度を提案する中間まとめに対しては、ライセンシーの保護に関して何らかの措置は必要であるが、登録対抗制度を採用することについて、反対意見が多数寄せられました。現状において、利用権に関する第三者対抗要件について、当然対抗制度はおろか、登録制度を設けるべきか否かについても、著作権分科会において結論が出されておりません(平成21年1月文化審議会著作権分科会報告書115頁参照)。そもそも、第三者対抗要件制度がないことから、破産管財人に対抗しうるライセンスの登録制度が存在しないことそれ自体が問題であり、破産法上または著作権法上、早急に手当てが必要です。特許権の当然対抗制度導入をきっかけに、著作権法上、どのように利用権を保護すべきかの検討が早急に進むことを期待します。


■最後に

特許権の当然対抗制度が実際に導入されるにあたっては、通常実施権許諾日の日付を仮装した場合はどのように対応するのかという問題など、解決すべき問題も多数残されております。今後、特許ライセンスの実務も大きく影響を受けるところであり、さらに、著作権法上でも当然対抗制度を採用しうるかの試金石にもなることから、今後の当然対抗制度の実際の法制化の内容が注目されます。

以上

*2011年12月追記
この法律は、平成24年4月1日から施行されます(平成23年12月2日政令第369号)。

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