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コラム column

2010年9月29日

契約

「契約にもとづく権利義務の再確認(ほか1題)
―取引基本契約を題材に」

弁護士  二関辰郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)

■取引基本契約

事業者間の取引は、継続・反復して行われることが多い。そのため、取引の都度契約を締結するのではなく、取引が一定程度継続・反復することを前提として、各取引に共通する基本的事項を定める契約を締結することがよくある。たとえば、メーカー同士や、メーカーと流通業者間などでは、そのような契約を、「取引基本契約」とか「販売代理店契約」などと称することが多い。

今回は、取引基本契約を例にとって、契約の基本的ポイントを何点か述べてみたい。便宜上、売買取引を例にあげるが、内容は基本的に他の種類の取引にもあてはまる。また、一部は、継続的ではない取引にもあてはまる。

■契約締結によって構築される権利義務関係は何か?

契約書を作成・チェックする際、契約書に含まれる個々の条文や文言の正確性・整合性に気を配る、といった細かな視点が重要なことはもちろんである。しかし、それと同様、あるいはそれ以上に、契約締結によって、具体的にどちらの当事者がどのような権利を有し、義務を負うことになるのかを検証する基本的視点が重要である。

このような視点は、何のために契約を締結するのかという目的にかかわる基本的事項である。しかしながら、依頼された契約書のドラフトをチェックしてみると、そのような視点が十分反映されていないのではないかと思われるような場合もある。それぞれの権利義務をきちんと意識し、それが契約上明文化されていることを確認する習慣を身につけておかないと、期待していたことが契約上は確保されていなかったり、逆に予想していなかった義務を負わせられることになるなど、ときに大きなリスクにつながることがある。

■権利義務関係に基づくタイプの分類

取引基本契約の場合にも、このような基本的視点が重要である。一口に取引基本契約と言っても、構築される具体的な権利義務関係という観点から、いくつかのタイプに分類できる。

  • 作為義務の発生・不発生という観点

売買契約では、売主の中心的な義務は売買目的物の引渡義務であり、買主の中心的義務は代金支払義務である。売主側の引渡義務という作為義務に着目した場合、大きく分けて、取引基本契約の締結によって取引対象物の具体的な引渡義務が売主側に生じる契約と、そのような具体的義務は発生せず、個々の取引にかかわる個別契約の成立を待って初めて具体的な引渡義務が生じる契約とがある。後者はさらに、一方当事者の意思で個別契約を成立させられる場合と、契約当事者の双方が個々に合意しないと個別契約が成立しない場合とがある。*

* このような観点からの分類のほか、継続的契約の各種分類や分析については、たとえば、中田裕康『継続的売買の解消』(有斐閣)に詳しい。このような分類にもとづく契約の拘束力の違いによって、契約関係を解消する場面における契約解除の容易さなどにも影響してくる。


買主から注文書を受けとった売主が、注文を受けるか否かを個々に判断し、受注する場合には注文請書を出すといったパターンの取引基本契約をよく見かける。このタイプの契約は、上記分類でいえば、取引基本契約の締結自体では売主の直接の作為義務は発生せず、双方当事者の合意がないと個別契約も成立しないタイプに分類されるのが原則であろう。

買主側の作為義務に着目する場合、買主側に最低購入義務が課されているか否かという分類が重要である。期間や数量などを具体的に規定したうえで最低購入義務が課されている場合には、具体的な購入義務が取引基本契約に基づいて買主側に発生することになる。*   逆に、そのような規定が特になければ、買主側に最低購入義務は発生しないのが原則である。

* 買主が最低購入義務に違反した場合に如何なる効果が発生するかは、契約の作り方次第でいくつかのタイプを想定できる。たとえば、①最低購入義務が達成されなかった場合には、対応する製品との引換えで、売主が買主に不足分の代金を請求できるとするタイプ、②買主に付与していた独占的購入権を売主が奪えるとするタイプ、③売主が契約を解除できるとするタイプなどである。


一般的には、個々の注文を受注するか否かの判断権が売主に留保されており、買主側に最低購入義務等が特に課されていない契約が多いであろう。つまり、そのようによくある取引基本契約では、それを締結しただけでは、売主側にも買主側にも直接の作為義務は発生しないのが原則である。

営業的な観点からは、取引基本契約を締結しただけで大きな商談が成立したような感覚を持つかもしれない。しかし、法的には直接の権利義務関係が生じているわけではない場合もある点に注意が必要である。たとえば、売主が大量発注を見越して生産ラインを増設したものの、実際にはほとんど注文がなく、設備投資分のほとんどが損失になったとする。そのような場合、買主側の最低購入義務などといった特約が規定されていないよくある取引基本契約の場合、売主は買主に対して契約に基づく法的主張はできず、損失は売主が自ら負担すべきことになるのが基本である。*

* ただし、契約書に基づいてただちに法的主張ができない場合であっても、事案によっては、契約書外の事情も加味し、あるいは信義則等の理論に基づくなどして法的主張が可能な場合もあるであろう。


  • 不作為義務の発生・不発生という観点

不作為義務としては、たとえば、一定の地域において、売主は買主以外の者に対象製品を販売しないという不作為義務を生じさせる場合がある。これは、買主に独占的権利を付与する場合であるが、その場合でも、売主がエンドユーザーに直接販売することは可とするパターンなどがある。逆に、売主以外の者からは購入しないという不作為義務を買主に課す場合もある。

このような不作為義務は、一般的に、契約書に明示しておかないと認められないか、認められにくいと考えられる。また、このような不作為義務を課す場合には、独禁法上の問題がないかチェックすることも必要である。

さらに、このような不作為義務を課す場合には、「対象製品」をどのように定義するかがポイントになる。実際に売買の対象にする製品だけを不作為義務の対象とするのか、類似の製品まで対象にするのか、契約締結後に新たに開発・発売する製品なども対象とするのか、といった問題である。

■取引基本契約と個別契約との優劣

取引基本契約では、注文書(申込)と注文請書(承諾)のやりとりによって成立する具体的な取引を「個別契約」と定義する場合が多い。そのうえで、取引基本契約と個別契約との優劣関係について、「個別契約の内容が取引基本契約の内容に抵触する場合には、個別契約の規定が優先する」という趣旨の規定を置く場合をよく見かける。

しかし、次の理由から、取引基本契約がそのような意味での個別契約と抵触する場合、取引基本契約が優先する取り決めの方が妥当と考えている。

  • 当事者が、ある契約を締結した後にそれと異なる取り決めをしたいと思った場合、過去の取り決めに拘束されて、その後に変更合意ができないのは不合理である。しかし、取引基本契約書は、企業の法務部が関与するなどして慎重な手続を経て締結されるものである。他方、個別契約は、日常業務の中で注文書と注文請書などのやりとりで成立する。「後法は前法を破る」という法諺(後から作った新しい法律は、旧い法律に優先するという法のことわざ)があるが、それは、前に定められた法と後から定められた法とが同じ手続で成立する場合、つまり効力が等しい法の間に妥当する。後から成立した下位の政令や規則によって法律は変えられないし、後から成立した法律によって憲法は変えられない。それと同様に、慎重な手続で成立した契約を、それより簡易な手続で成立する契約で変更できるとするのは妥当でない。
  • 個別契約の効力を優先させる考えの背後には、その方が、個々の取り決めにおいて柔軟な対応ができてよいという発想があると思われる。しかし、個別契約で柔軟に決めたい事項については、取引基本契約自体には定めず、内容の決定を個別契約に委ねておけばよい。そうすれば、日常業務における柔軟な対応が妨げられることはない。
  • 最後に、特に注文を受ける側(売主)に妥当する理由がある。上記のような意味での個別契約は、買主が送付する注文書に基づいて成立するので、注文主のイニシアティブによって内容が一方的に定められるのが基本になる。個別契約を取引基本契約よりも優先する仕組みにしておくと、受発注という日常業務の過程で売主側に見落としがあった場合などに、取引基本契約の締結過程で慎重に交渉し、両者が合意して定めたはずの条件を、後から買主有利に変更されてしまうといったリスクがある。たとえば、取引基本契約書において、製品の瑕疵に基づく損害について売主の責任を制限する条項(たとえば金額の上限規定)を両者の合意のうえ置いていたとする。しかし、個別契約の方が優先するという取り決めにした場合において、注文書の裏面条項に「製品の瑕疵に基づいて生じた損害は全て売主が負担する」といった趣旨の規定(そういった規定は、えてして読みにくい小さな文字で書かれている)があると、そちらの規定が優先してしまうことになる。

繰り返しになるが、以上の議論は、注文書と注文請書のやりとりによって成立する具体的な取引を「個別契約」と定義する場合のことである。そうではなく、個別の取引に際し取引基本契約に規定されている条件を変更することを意図して、1つの書面に売主と買主とが同時にサインするような書面であれば、その書面の効力が優先することに問題はない。

以上

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