2009年7月28日
「コンテンツ業界と下請法 ~総務省ガイドラインの紹介」
弁護士 松島恵美(骨董通り法律事務所 for the Arts)
■放送番組制作現場向けガイドライン
先日(7月10日)、今年2月25日に公表された、「放送コンテンツの製作取引適性化に関するガイドライン」の第2版が、総務省から公表されました。
(http://www.soumu.go.jp/main_content/000030633.pdf)
このガイドラインは、放送局から番組制作会社への番組制作発注場面における事例をとりあげ、下請法(正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」)を中心とした、独禁法(正式名称は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)及び著作権法などの適用されうる法律に関して、放送の監督官庁である総務省の考え方を説明しています。
下請法については、運用主体である公正取引委員会がすでに運用基準や指針等を発表していますが、総務省が放送局の番組制作現場の事例に関して公表したこのガイドラインは、放送コンテンツ制作現場に携わる方にとって、監督官庁の考え方を知るために参考となります。
また、ガイドラインで説明されている考え方は、放送局から番組制作会社への発注だけではなく、広告代理店から広告制作会社やデザイナーへの発注、番組制作会社からフリーの個人クリエイターへの発注などにも応用できます。
コンテンツ制作に携わる方に、このガイドラインの内容を一読されておくことをおすすめします。
ガイドラインの概要は以下の通りです。
(目的)
放送コンテンツ制作現場の自由な競争環境を整備して、番組制作事業者のコンテンツ制作にかかるインセンティブや創意工夫の意を削ぐような取引慣行の改善を図り、番組制作に携わる業界全体の向上を目指す、とされています。
(内容)
放送局が番組制作会社に番組制作を発注する場面において、
① 発注書面、番組やその素材などの扱いや支払等に適用される下請法の個別規定
② 優越的地位の濫用に該当する場合など、独禁法の一般原則
③ 著作権法に基づくコンテンツの著作権の帰属
を中心に、総務省の考え方が示されています。
■下請法が適用される場面
下請法は、大手事業者が中小事業者に対して仕事を発注する際に、その優越的な地位を濫用しないよう、発注者の禁止事項や遵守事項を規定しています。下請法が適用される業者の規模は、資本金で決まっています。
コンテンツ業界で、この法律が適用されるのは、次のような場合です(コンピュータプログラムの制作発注の場合は別途)。
① 資本金5000万円を超える事業者が、個人を含む資本金5000万円以下の事業者に発注する場合
② 資本金1000万円を超えて5000万円以下の事業者が、個人を含む資本金1000万円以下の事業者に発注する場合
また、コンテンツ業界で下請法が適用されるのは、テレビ番組、CM、ラジオ番組、映画、アニメーション、コンピュータプログラム、脚本、デザイン等の「情報成果物」の制作を発注する場合です。
■発注書面の交付、代金支払時期
放送業界に限らず、コンテンツ業界では、口頭で発注をしたり、発注時に代金や支払時期が決まっていないことが多くあります。
しかし、下請法では、発注時に代金を確定し、発注内容など所定の内容を記載した書面を交付することが義務付けられています。交付する書面の記載事項については、公正取引委員会のガイドブック「ポイント解説下請法」などをご確認ください。
(http://www.jftc.go.jp/sitauke/pointkaisetsu.pdf)
また、支払はできあがった発注物を発注者が受領した日から60日以内にすること、などが規定されています。
これまで、放送コンテンツ業界では、放送日を起算とする支払や、請求書を受領した日を起算とする支払の慣行がありましたが、これを見直すことが求められています。
■コンテンツの権利帰属・二次利用
<コンテンツの権利帰属>
放送コンテンツ制作発注の現場では、発注者が代金を支払うと、できあがったコンテンツの著作権等は発注者に帰属する、とされる慣行が一部で見られました。
一方、著作権法では、著作物を創作した著作者に著作権が帰属するのが原則ですが、例外として、法人の従業員が創作した場合には、法人が、また、テレビ番組やテレビCMなどの「映画の著作物」の場合は、製作に「発意と責任」を有する者が「映画製作者」として、それぞれ著作権をもつとされています。
したがって、著作権法の考え方に従うと、当初、著作権をもつのは実際に制作を行った制作者ということになります。
放送コンテンツの制作現場でも、テレビ番組やCMの制作がいわゆる完パケであり、企画や制作等全て現場任せであれば、制作を行った制作会社(制作プロダクション)が著作権をもつこととなります。しかし、現場任せの制作態様の場合も含め、一律に、発注者が発注代金を支払ったことをもって、著作権を当然のようにもつとする一部の慣行は、下請法が適用される場合、発注者がその優越的地位を濫用して行う、いわゆる「買いたたき」という禁止行為にあたる可能性がある、とガイドラインは指摘しています。
また、下請法が適用されない場合でも、発注者の交渉力が強い場合には、独禁法で禁止されている「優越的地位の濫用」にあたる可能性もあるとされています。
なお、ある事業者が「優越的地位」に立つかどうかは、受注者の発注者への取引依存度(たとえば、制作会社の売上の大半を当該放送局からの番組制作発注が占めている場合)、発注者の市場における地位(たとえば、発注者がネット局として、地方系列局における放送番組もあわせて制作発注を行っており、当該地域における放送局が少数である場合など)、受注者の取引先変更可能性(たとえば、当該制作会社は、他の系列の放送局からの発注を受けるのが実際困難であるなど)などから、ケースバイケースで判断されます。
また、納入する放送コンテンツを制作する過程でできたコンテ、プロット、画像などの素材について、発注者に当然に素材を引き渡すよう求める一部の慣行についても、下請法上禁止されている、いわゆる「不当な経済上の利益の提供要請」に該当する可能性がある、と指摘しています。
もっとも、現行法の下でも、制作費を負担する発注者側が著作権等を保有して発注したコンテンツや素材を自由にコントロールするためには、納入されるコンテンツや素材の著作権等を、制作会社から発注者に譲渡することとし、その対価を発注代金に含めて額を協議して決定することにより、下請法や独禁法上の問題を軽減又は回避できることがガイドラインに示唆されています。
<二次利用>
ガイドラインは、放送コンテンツの制作・利用現場において、コンテンツの著作権等が制作会社側にある場合でも、コンテンツの二次利用の許諾権者(いわゆる窓口)を当然に放送局としたり、二次利用から得られる収益の分配を放送局が一方的に決定するケースが、調査の結果みられた、と報告しています。
そして、コンテンツの二次利用を一方的に制限したり、その分配を協議することなく決定する行為は、独禁法上の優越的地位の濫用とされる可能性があることが指摘されています。このような場合、放送局と制作会社間で協議のうえ、二次利用の窓口やその収益分配条件を決定することが、独禁法上の問題を軽減又は回避でき、望ましいとされています。
■その他、問題となりうる行為
1) トンネル会社
発注者が、資本金の規模が小さな子会社を介して、中小規模の制作会社にコンテンツの制作を発注する場合、子会社から中小規模の制作会社への再発注が、資本金の要件をみたさず、形式的には下請法の適用がない、と考えられる場合があります。しかし、その場合でも、間に入った子会社は「トンネル会社」とされ、子会社から中小規模の制作会社への再発注は下請法の適用対象となることが、下請法で規定されています。
2) 発注金額の一方的減額
下請法では、発注者がいわゆる「買いたたき」をすることが禁止されています。
買いたたきとは、発注内容と同種・類似の取引について通常支払われる対価に比べて著しく低い金額を不当に定めることをいいます。
たとえば、継続して受注していた番組の制作について、これまでと同じ程度の取材期間、スタッフ、経費などが必要であるにもかかわらず、今年は景気が悪いから、予算が減らされたから、という一方的な事情で、発注者が相手との協議もなく、一方的に制作費を減額する場合などが、これにあたります。
なお、下請法の適用がない場合でも、このような買いたたき行為は、相手方に不利益となるように取引条件を設定し、変更する行為とみなされる可能性があり、発注者が優越的地位に立つと認められる場合は、独禁法で禁止されている「優越的地位の濫用」とされる可能性もあるとされています。
3) 不当な依頼内容の変更・やり直しの要請
発注者が、その都合で、当初の発注内容を超えて追加作業を要請する場合に、対価を増額せずに当初予定額と同じとすると、下請法上禁止されている不当な依頼内容の変更にあたる可能性があるとされています。
さらに、制作が完了して一旦発注者が受領した放送コンテンツについて、例えば、広告主の役員から直しが入ったことを理由として、発注者がやり直しの作業依頼をし、その追加費用を負担しない場合にも、下請法上禁止されている不当なやり直しにあたる可能性が指摘されています。
いずれの場合も、発注者側の都合で依頼内容の変更ややり直しを要請する場合は、下請法の適用がなくても、相手方に不利益となるように取引条件を変更する行為とされる可能性があり、発注者が優越的地位に立つと認められる場合は、独禁法で禁止されている「優越的地位の濫用」とされる可能性もあるとされています。
4) 放送番組に用いる楽曲を管理する音楽出版社及び収益配分の指定
ガイドラインの第2版では、放送番組で使用される楽曲を制作した音楽出版社(音楽プロダクション)に対し、発注者である放送局から一方的な取り決めをする事例についても、考え方が説明されています。
① 楽曲を管理する代表音楽出版の機能を、制作した独立系の音楽出版社ではなく、放送局の系列の音楽出版社とすることを求める
② 制作した楽曲の著作権を無償で譲渡することを求める
③ 制作した楽曲の著作権収入からの配分割合を一方的に取り決める
いずれも、制作した音楽出版社が異議を申し述べても、放送局からは、条件に同意しない場合の、今後の取引停止の可能性を示唆され、異議が受け入れられないような場合に、①については、取引上問題となる可能性があり(ガイドラインでは独禁法上の問題と明記せず、このようなあいまいな表現となっています)、②と③については、下請法上禁止されている「不当な経済上の利益の要請」として問題となる虞がある、とされています。
その他、放送番組に使用される以外の楽曲(制作した楽曲のカップリング曲やアルバム)の著作権収入についても収益配分を一方的に求められ、異議を申し述べても応じられないような場合も、「不当な経済上の利益の要請」として問題となりうる事例として挙げられています。
5) 放送権料の不払い・収益配分の一方的取決め
ガイドラインの第2版では、放送局がアニメーション番組の制作を発注する際の、放送権料の取決めや番組の二次利用からの収益配分要請の事例についても、考え方が説明されています。
すなわち、製作委員会のメンバーではない放送局が、制作された番組を放送する場合、放送が番組のプロモーションになるとして、一切放送権料を支払わず、且つ、番組の二次利用から得られる収入の一部を「局印税」として放送局に配分するように一方的に求める事例において、放送局が製作委員会に対して優越的地位に立ち、製作委員会がこれを受け入れざるを得ないような場合には、独禁法上問題になる虞があることが指摘されています。
もっとも、一般に放送局は制作会社に対して優越的地位に立つことが多いと考えられるものの、製作委員会に対しても優越的地位に立つか否かは、個別事例に即して具体的に検討されるべきとされています。
6) 制作委託契約から労働者派遣契約への切替え要請
ガイドラインの第2版では、契約形態の切替えに伴い制作会社に不利益が被る事例についても、考え方が説明されています。
- これまで制作委託契約のもとで、番組制作を行っていた制作会社に対して、発注者の放送局から、今後は制作スタッフを放送局に派遣する契約に切り替える旨の一方的な通知があり、応じない場合には今後の取引停止の可能性を示唆され、受け入れざるを得ない状況であった
- 実際の業務内容や製作実態は変わらないまま、派遣契約に切り替えることにより、番組制作の対価が著しく減少し、制作会社には派遣労働者の管理を行う負担も発生することとなり、制作会社にとって不利益な取引条件となった
このような事例において、特段の協議なく、一方的に派遣契約に変更することが決められた点、その結果、制作会社に不利益な取引条件となった点において、公正な取引という観点から問題となる可能性がある、と指摘されています。
また、放送局の社員から指揮命令が制作会社の社員に与えられ、制作会社の社員が放送局の現場で作業するという派遣形態とは異なり、放送局の社員の具体的な指示なく、制作会社の社員が主体となって、これまでと同様の製作実態であるにもかかわらず、一方的に派遣契約への切り替えを行う点も、取引適性化の点から問題であるとされています。
上記いずれの事例においても、違法となるかどうかは、実際の取引に即した十分な情報を元にさらに精査する必要があるとしながらも、総論としては、取引条件を発注者が一方的に決めるのではなく、受注者と十分に協議したうえで、受注者であるクリエイターの努力に対して、正当な権利・利益を十分配慮して取引するなど、より公正で透明な取引の適性化を図る必要がある、とガイドラインは指摘しています。
その他、下請法で発注者に禁止されている行為については、前掲公正取引委員会のガイドブック「ポイント解説下請法」(http://www.jftc.go.jp/sitauke/pointkaisetsu.pdf)などでご確認ください。
■下請法・独禁法に違反した場合
下請法の適用があるケースで、発注時に書面を作成・交付しなかった場合、また、取引記録を作成・保存しなかった場合には、発注者個人と法人自体の両方が50万円以下の罰金に処せられます。
発注者に禁止されているその他の行為がなされた可能性がある場合、受注者は、公正取引委員会や中小企業庁の窓口に相談・申告することができます。
公正取引員会や中小企業庁は、受注者からの申告を受け、又は自主的に調査をするなどして、違反事実が認められると、中小企業庁からは行政指導が、公正取引員会からは受注者の利益を保護するために必要な措置をとるよう勧告がされ、勧告は公表されることとなります。勧告に至らない場合でも、改善を強く求める警告がなされる場合があります。
なお、下請法の適用がない場合でも、独禁法上優越的地位の濫用と認められる場合は、公正取引委員会から行為の差止めや契約条項の削除など必要な措置を命じる、いわゆる排除措置命令が出されることがあります。また、6月10日に公布された改正独禁法においては、優越的地位の濫用事例も新たに課徴金の対象となりました。
もちろん、このような行政庁の処分に対して、発注者はこれを不服として争うことはできますが、いずれの場合も、違反事実が公表されることになり、企業にとっては、信用損失となりかねません。
コンテンツ業界に携わる方々においては、発注者・受注者ともに相互の立場を理解し、下請法や独禁法に関する監督官庁の考え方にも配慮したうえで、主体的に交渉をされることが望ましいでしょう。
以上
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。