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コラム column

2016年4月26日

その他の知的財産法著作権法

「日本の知的財産法はTPP後どう変わるのか
   ~15分で理解する改正法案の内容~」

弁護士 小林利明(骨董通り法律事務所 for the Arts)


2016年2月4日、環太平洋パートナーシップ協定以下(「TPP」)が成立しました。TPPとは、アジア太平洋地域において、物品及びサービスの貿易並びに投資の自由化及び円滑化を進めるとともに、知的財産、電子商取引、国有企業、環境等幅広い分野で21世紀型の新たなルールを構築する経済連携協定であり、日本のほか、アメリカ、オーストラリア、シンガポールなどを含む12か国が署名しました。

もっとも、TPPに署名しただけで、そこに書かれている内容が自動的に各国の国内法となるわけではありません。そのためには、国会の承認を得たうえで、条約の内容を具体化した法律を成立させる(法改正を行う)必要があります。つまり、TPPを受けて実際に日本でどのような法改正が行われるのかが重要なのです。

日本政府は今年3月8日の閣議で、TPPの国会承認を求める議案と、関連する11本の法律の改正事項を1本の法案に取りまとめた関連法案を決定し、今国会(第190回通常国会)に提出しました。そこで今回のコラムは、TPPを受けて実際に日本の知的財産法がどう変わることが予定されているのか、そしてそれによりどんなインパクトがありうるのかを15分で理解できることを目標に書いてみたいと思います(TPPの内容自体については、TPP政府対策本部のHPなどから詳細な情報が入手可能です)。

なお、本コラム執筆中に、政府はTPP関連法案を今国会で成立させることを断念したという報道があり、法改正の先行きはまだ不透明です。そのため、以下はあくまで本コラム執筆時点での法案に基づくものであることにご留意ください。


1.主な知的財産関連改正法案の内容

主な知的財産法関連の改正法案の内容は次のとおりです。


(1)著作権法
(a)著作物及び著作隣接権の保護期間の延長、(b)著作権等侵害罪の一部非親告罪化、(c)法定損害賠償又は追加的損害賠償に関する制度整備、(d)著作物の利用を管理する技術的手段(アクセスコントロール)に関する制度整備、(e)配信音源の二次使用に関する使用料請求権の付与に関する規定の整備等を行う。

(2)特許法
(a)特許権の存続期間の延長制度、(b)発明の新規性喪失の例外期間の延長に関する規定の整備を行う。

(3)商標法
商標の不正使用についての損害賠償に関する規定の整備を行う。

このとおり、知的財産法については著作権法、特許法、商標法の3つについて改正法案が提出されています。このうち最も大きな改正となるのは著作権ですので、まずは著作権法からみてみましょう。


2.著作権法改正

著作権法で改正が予定されているのは、上記(a)から(e)の5項目です。順に見ていきましょう。

(1)著作物等の保護期間が50年から70年に。

現行著作権法では、映画の著作物の保護期間(公表後70年)を除き、著作物の保護期間は原則として著作者の死後50年(無名・変名、又は団体名義の著作物については公表後50年)です。また、著作隣接権(実演やレコード等)の保護期間も実演又は音源の発行から50年が原則です。

保護期間の延長については過去にも議論がなされたものの、反対論も強く延長が見送られた経緯があります。しかしTPPでの合意内容に従い、改正法案では著作物及び著作隣接権の保護期間を70年としています(改正法案51条以下。なお、放送・有線放送についての著作隣接権について変更はなく、放送後50年)。ちなみに、保護期間は、改正著作権法の施行時点において保護期間満了前のものに限り延長されるとされているため(「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に伴う制度整備の在り方等に関する報告書」p7参照)、例えば、2015年末をもって保護期間が満了した江戸川乱歩の作品の著作権が遡って復活することはありません。

保護期間延長の問題に加えて留意すべきは「戦時加算」です。TPP加盟国であるアメリカやオーストラリアなどの第二次世界大戦時の連合国との関係では、サンフランシスコ平和条約上の日本の義務として、連合国民の著作物の保護期間が最大で約10年5か月程度延長されています。本年2月には、オーストラリアはTPP発効後に戦時加算の撤廃を検討しているという報道もなされましたが、もし戦時加算が撤廃されないとすると、改正著作権法成立後の戦時加算の対象となる著作物の保護期間は最大約80年5か月ということになります。

保護期間を延長するメリットとしては、国際的な動向との調和の観点や、人気作品から継続的に収益を得て、次の創作や新人の発掘・育成を行うことや、アニメ、漫画等のコンテンツを輸出することによる利益の拡大が見込まれることなどが言われています。これに対しては、ほとんどの作品は作家の死後50年経過前に市場から消滅しており、保護期間の延長によって得られる収益の増加率はわずかに過ぎないので創作の誘因になるかは疑わしい、日本はコンテンツ取引については大幅な赤字国であるので、保護期間の延長は国際収支の赤字拡大要因である、日本から輸出される作品はアニメ・漫画など比較的新しいものが多く、日本は保護期間の延長による利益を直ちに享受できない、などといった指摘もされているところです。

さて、保護期間が20年間延長されるということは、他人の著作物の自由な利用が可能になるのがその分遅くなるということを意味します。作家の死後50年経過前に市場から消滅している作品がほとんどならば、許諾を得て利用したいと思う作品もあまりないだろうから20年延長されてもよさそうにも思えるかもしれません。しかしこれは、逆に言えば、50年経っても注目される作品こそが影響を受けるということを意味するのです。また、昔の著作物を広く保存・公開することを主目的とするアーカイブ事業にとっても大きな問題となります。アーカイブ事業は、現在ですら、著作権者の有無・所在を調査してもわからないという事態に日々悩まされていますので、保護期間が延長されるとなおさらでしょう。著作権法は、著作権者不明等の場合に文化庁長官の「裁定」を得ることにより著作物の利用を可能とする制度を設けており、より使いやすいものとするための制度改正が近時頻繁に行われていますが、今後この制度の活用がますます重要になっていくでしょう。ちなみに、「国立国会図書館における資料デジタル化の取組と課題」によれば、国立国会図書館は「国立国会図書館デジタルコレクション」というデジタルアーカイブを提供しているところ、2005年時点の調査では明治期の刊行図書の著作者のうち71%について著作権の有無が不明であり、裁定等の権利処理を行うことで公開にこぎつけたそうです。

(2)著作権等侵害罪の一部の非親告罪化

現行法上、著作権や著作隣接権侵害は刑事罰の対象でもあり、個人に対しては最大で10年以下の懲役及び1000万円以下の罰金が、法人に対しては最大3億円の罰金が科せられる可能性があります。しかし、著作権者等の告訴がなければ公訴を提起できません(これを「親告罪」といいます)。しかし、TPPの合意によって、告訴がなくても国が起訴・処罰し得る「非親告罪化」が導入されました。

非親告罪化をめぐっては、柔軟に海賊版対策を行うには非親告罪の方が適しているとの意見もある一方で、非親告罪化により刑事罰を恐れ、二次創作文化やビジネス活動が萎縮すること等が懸念されていました。改正法案では、TPPでの合意を受けて、海賊行為のような正規品市場と競合する罪質が重い行為を非親告罪化すべく、非親告罪化の対象を、①財産上の利益を得る目的又は権利者の利益を害する目的があること、②有償著作物等(有償で公衆に提供・提示されている著作物、実演等)を原作のまま公衆へ譲渡又は公衆送信すること、③権利者の利益が不当に害されること、の3要件を満たす行為に限定しています(改正法案123条2項・3項。改正法にて新設。)。

その結果、映画の海賊版の販売やインターネット配信は非親告罪の対象とされますが、小説をもとに同人誌等の二次創作作品を作り販売する行為や、マンガのパロディをインターネットに投稿するといった、原著作物を「原作のまま」提供しない行為は親告罪のままとなると考えられます。

(3)法定損害賠償制度の導入

法定損害賠償制度とは、著作権等の侵害があった場合に、実際に被った損害額の立証をすることなく、一定額の請求を認める制度のことです。TPPでは、著作権、実演家の権利又はレコード製作者の権利の侵害に関して、権利者の選択に基づいて利用可能な法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を導入することが定められていました。

現行著作権法は、(a)侵害物の譲渡数量×正規品1個あたりの利益額、(b)侵害者が侵害行為によって得た利益、(c)ライセンス料相当額のいずれかの方法に基づき計算された額を損害賠償額として請求することを認めています(もっとも損害額は、(a)については著作権者等の販売能力等の限度に限られ、(b)については反証を許します)。改正法案では、(c)により条約上の義務は果たされ得るとの理解のもと、それを強化する趣旨で、侵害された著作権等が著作権等管理事業者(JASRACなど)によって管理されている場合は、その使用料規程に基づき算出した額(複数の規定がある場合にはその最高額)を損害額とみなす規定を新設しています(改正法案114条4項)。

これにより、著作権等管理事業者にとっては損害額の立証がより容易になったといえます。もっとも、著作権等管理事業者が訴訟において自身の使用料規程に基づく使用料相当額を損害として請求し、それが裁判所によって認容されるという事例は従来から見られましたので、それを前提とすれば、今回の改正のインパクトは実務上はあまり大きくないという評価もできるでしょう。また、アメリカの法定損害賠償制度は、主体を著作権等管理事業者に限らず、具体的な金額範囲を明示しており(1著作物の侵害について最低200ドル、最高15万ドルの賠償金額を法定。原則として750ドルから3万ドル。)、これがアメリカでの「コピーライト・トロール」の跳梁跋扈の原因の一つだとも指摘されていますが、上記の法改正にとどまるならば、日本ではそのような現象は起きにくいかもしれません。

(4)アクセスコントロールの回避規制

著作物の無断複製・利用を防止する保護技術には、(a)複製行為などを禁止する技術的手段であるコピーコントロール(コピーガードなど)や(b)閲覧などを禁止するアクセスコントロール(スクランブル放送など)があります。
過去の著作権法改正により、コピーコントロールの回避行為等はすでに刑事罰の対象とされていました。しかし、閲覧すること自体は著作権法上適法であるため、それを禁止するアクセスコントロールの回避行為それ自体は規制対象外でした。TPPはアクセスコントロールの回避行為も規制対象としているため、著作権法改正法案では、それに対して民事上の権利行使を可能とするとともに、一定の場合には刑事罰も設けています。そして、アクセスコントロールの回避については、(i)著作権者等の意思に基づく場合、(ii)研究・技術の開発の目的上正当な範囲内で行われる場合、(iii)その他著作権者等の利益を不当に害しない場合は、規制対象外とされています(改正法案113条3項)。なお、コピーガードやアクセスガードの回避措置の公衆への譲渡等は不正競争防止法によっても禁止されています。

(5)配信音源の二次使用に対する報酬請求権の付与

現行著作権法では、放送事業者がCD等の商業用レコードを利用してテレビやラジオ放送を行う場合には、日本レコード協会や日本芸能実演家団体協議会(芸団協)が放送事業者から音楽使用料をまとめて受け取り、レコード会社や実演家に分配する仕組みが採用されています。ただし、配信音源には二次使用料請求権は付与されておらず、レコード会社や実演家が使用料を受領できるのは、CD等の媒体が利用された場合に限られています。改正法案では、TPPの内容を受けて、配信音源を利用して放送又は有線放送を行う場合についても、レコード会社や実演家に二次使用料請求権を付与しています(改正法案95条1項)。

以上についての詳細は、文化庁が作成したこちらの資料が参考になります。


3.特許法改正

改正特許法のポイントは2つあります。

1つは特許権の存続期間の延長です。特許権の存続期間は原則として出願から20年ですが、出願から権利化(特許権の登録)までに時間がかかった場合は、その分特許権の権利期間が短くなってしまいます。しかし、そのような場合に特許権の存続期間の延長を認める制度はありませんでした。そこで、特許出願の日から5年を経過した日又は出願審査の請求があった日から3年を経過した日のいずれか遅い日以後に特許権の設定登録があった場合には、特許権の存続期間を延長することを可能としました(改正法案67条2項)。ただし、(1)特許を与える当局による特許出願の処理又は審査の間に生じたものではない期間(たとえば、特許庁の審決を不服として審決取消訴訟を提起した場合にそれに要した期間)、(2)特許を与える当局が直接に責めに帰せられない期間(天災等による手続中止期間)、(3)特許出願人の責めに帰せられる期間については延長されない場合があることには注意が必要です(改正法案67条3項)。

もう1つは、「発明の新規性喪失の例外期間の延長」(グレースピリオドの延長)です。現行特許法では、特許出願前に既に公表されている発明は、新規性等がないものとして権利化することができないのが原則です。しかし例外的に、権利者の意に反して公開された発明や権利者自らが学会等で公開した発明について公表後6か月以内に出願した場合には、救済措置を認めています。改正法案では、これを6か月から12か月に延長することが予定されています(改正法案30条)。特許法30条の趣旨は、特許法の知識に乏しい者が法を知らないがために、あるいは本人のせいでなく公表されてしまった場合を救済することにありますので、今回の改正は、その救済の範囲をさらに広げようというものです。

特許庁の作成したこちらの資料には上記の2点について図入りの説明もあります。


4.商標法改正法案

現行商標法は、著作権法と同様、(a)侵害物の譲渡数量×正規品1個あたりの利益額、(b)侵害者が侵害行為によって得た利益、(c)ライセンス料相当額のいずれかの方法に基づき計算された額を損害賠償額として請求することを認めています(もっとも損害額は、(a)については著作権者等の販売能力等の限度に限られ、(b)については反証を許します)。

TPPを受けた改正商標法では、法定損害賠償制度を設けることとなり、改正後は、現行規定に加え、商標の不正使用による損害の賠償を請求する場合において、その登録商標の「取得及び維持に通常要する費用に相当する額」を損害額として請求できる規定を追加することが予定されています(改正法案38条4項)。

なお、ここでいう不正使用とは、同一の商標の使用のみならず、登録されている商標と社会通念上同一の商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標を含みます)による侵害が含まれます。

上記については特許庁の作成したこちらの資料に簡潔にまとまっています。


5.さいごに

上記で見た知的財産関連改正法案の施行日は、TPPが日本国について効力を生ずる日とされています。ではTPPはいつ発効するかというと、(a)2年以内に参加する12の国すべてが議会の承認など国内手続きを終えるか、(b)2年以内にそれが終わらなかった場合は、12か国のGDPの85%以上を占める少なくとも6か国が手続きを終えれば、その時点から60日後に協定が発効する仕組みになっています。後者の場合でも、日米を含むGDPが比較的大きな6か国が手続きを順調に終えれば、TPPは2018年の4月には発効することになります。

米国では現在大統領予備選挙の真っ只中ですが、有力な大統領候補者はこぞってTPP反対派といわれ、米国内での議会承認の行方も不透明です。日本でも今国会でTPP関連法案が成立しないとなれば、次期国会までに情勢が変わることも大いに考えられます。TPP署名までの交渉も難航しましたが、発効までには、まだまだ予断を許さない状況が続きそうです。

以上

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