All photos by courtesy of SuperHeadz INa Babylon.

English

コラム column

2017年8月29日

文化・メディア著作権法

「演奏家が知っておきたい著作権法の基本知識」

弁護士 橋本阿友子(骨董通り法律事務所 for the Arts)

■ はじめに

ピアノ奏者ならではの視点から、この度演奏についてのコラムを書くことにしました。と、所内発表したところ、(法律とは無関係の)純粋音楽コラムを書くのではないかとやや本気で心配されましたが、以下では真面目に、ピアニストをはじめ演奏家が遭遇する著作権法上の問題について述べたいと思います(以下、特に断りがある場合を除き、条文の番号は著作権法のそれを示しています)。

■ プログラミングの前に~まずは保護期間(51条)を確認しよう

ここでいうプログラミングとは、コンピュータのプログラミングではありません。演奏会のプログラムを練ることです。

ピアニストはじめ音楽家が演奏するのは音楽の著作物です。著作物の作成者=著作者(ここでは作曲家)は基本的には著作権を有しています。もっとも、その権利は永久ではなく、一定の期間が経過すると消滅します。著作物の保護期間は創作時に始まり、著作者(作曲家)の死後50年で満了します。クラシック音楽演奏家にとって著作権法はあまり関係ないと思われるかもしれません。しかし、よくよくみてみると、全く無関係ともいえないのです。
たとえば、出生が1年しかかわらないバルトーク・ベーラ(1881年-1945年)とイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882年-1971年)では、生きた年数に26年も開きがあるため、前者は保護期間が満了していますが、後者は今なお存続しているのです。保護期間が満了している作品は自由に使えますが、満了していない作品には著作権が及びますので、権利者の許諾なく自由に演奏することはできません。つまり、バルトークは無許諾で演奏できても、ストラヴィンスキーを演奏する際には、権利者の許諾が必要なのです。

この点に関して、いわゆる編曲ものは注意が必要です。筆者は去年、ニューヨークでの公演で、サン・サーンス=リスト=ホロヴィッツの「死の舞踏」("Danse Macabre")を弾こうか迷いました(「=」は編曲を意味します)。この曲はフィギュアスケートのキム・ヨナ選手が世界選手権のショートプログラムに使用しており、耳慣れた方も多いと思います。原曲はフランスの作曲家サン・サーンスの交響詩ですが、フランツ・リストがピアノ独奏版に編曲し、更にピアニストのホロヴィッツが演奏する際にアレンジを加えたというちょっとややこしい作品です(以下便宜上「ホロヴィッツ版」と呼ぶことにします)。サン・サーンスは1921年没・リストは1886年没ですから原曲・リスト編共に保護期間は満了しているのですが、ホロヴィッツは1989年没なので、著作権はまだ消滅しておりません。この編曲版は微修正の域を超えて創作性が付加されている(それゆえ原曲より更に難易度が増している)ため、当該創作性のあるアレンジ部分にはホロヴィッツにも著作権が発生します(この場合、当該編曲版の全体についてサン・サーンスの権利も及びます。編曲については後述)。演奏の場が米国だったこともあり、私は結果的にこの曲を諦めました。

では、どうしても演奏会で権利が存続している曲を弾きたい!という場合、どうすればいいのでしょうか。我が国には、「著作権等管理事業法」という法律に基づき登録を受けた著作権等管理事業者が著作権を集中管理する制度があります。昨今何かと話題のJASRACや、2016年から始動したNexToneは、この著作権等管理事業者です。これらの団体によって管理されている作品については、利用申請を行い、一定の使用料を支払うことで、演奏することが可能となります。これらの団体が管理していないものについては、権利者を探し、直接交渉して許諾を得るしかありません。許諾を得られなければ使えませんし、使用料の額も決まっていないため、使用に対するハードルは高くなります。もっとも、逆に、権利者が承諾すれば使用料を支払わないで利用できる可能性もあります。

また、保護期間に関連して忘れてはならないのが「戦時加算」です。戦時加算とは、敗戦国の日本のみが連合国に対して負う、戦時期間を本来の保護期間に加算する制度です(連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律第4条参照)。戦時加算の計算は複雑で、相当の注意が必要ですので、ここでは詳しく述べません。

このように、クラシック音楽の演奏といえども、保護期間のトラップがあります。実際、戦時加算に気づかず著作権が消滅しているものと信じてコンサートを開催した後に、JASRACから使用料を請求された、というケースも聞きます。プログラミングの際は保護期間にご注意ください。

■ いざ人前で演奏する前に~演奏権(22条)について知ろう

先ほど、許諾をとらなければ演奏できない、と申しました。これは、著作権者に演奏権(22条)があるからです。そのため、著作権者に許諾を得て(求められれば使用料を支払って)はじめて演奏することができるのです。
22条は、「著作者は、その著作物を、公衆に直接・・・聞かせることを目的として(以下「公に」という。)・・・演奏する権利を専有する。」と定めています。

ここで「公衆」の意味に少しふれておきます。著作権法では公衆は、「不特定の人」又は「特定多数の人」を意味します。「特定」は演奏者との間に人的結合関係がある場合を指すと言われています。対面する相手が一人であっても、誰が対象になるか分からないような場合は、「不特定」と考えられています(名古屋高裁平成16年3月4日判時1870号123頁参照)。 このように、「特定」はなかなか厳しく判断されるようです。
たとえば、会員制クラブ主催のコンサートで演奏する場合はどうでしょうか。誰でも会員にはなれる場合などは、会員間同士が親族であるとか親しい友人の集まりであるなどの人的結合関係があるわけではないので、会員は「特定」の人とはいえないでしょう。一方、学校のクラス会などはもともと同窓でよく知るメンバーだけで構成されている点で、人的結合関係は認められそうですが、今度は「多数」の要件にひっかかり、やはり「公衆」となり得ます。「特定」かつ「少数」と認められる場合は、親族や親しい友人の集まりなどに限られるでしょう。

また、「目的として」という文言については、目的意思があればよいと考えられています。そのため、演奏会での演奏は、人に聴かせる目的意思がありますので、実際の聴衆が一人だったとしても、公衆に対する演奏にあたります。 逆に、一人でピアノ部屋にこもって練習していたところ、音が漏れておりたまたま通りすがりの通行人に聞こえていたとしても、通行人に聞かせることを目的では練習していませんから、公衆に対する演奏をしていたことにはなりません。

■ それでもやっぱり人前で演奏したい~営利を目的としない演奏(38条1項)

以上のとおり、保護期間が満了していない作品を公衆に聞かせる目的で演奏すると、著作権者の演奏権の侵害になります。JASRAC等の管理団体による管理楽曲ならば許諾申請の上使用料を支払えばこの場合でも演奏できるのであまり問題ではありませんが、管理団体による管理がなされていないもの(ゲーム音楽の類に多いです)は、権利者を自分で探し、許諾を求め、求められた使用料を支払わなければなりません。権利者と連絡がとれればまだいいですが、窓口がみつからなければ基本的には諦めざるを得ませんし、みつかったとしても個人が権利者に対し直接交渉するのはハードルが高く、驚くほど高額の使用料を要求されるかもしれません。

もっとも、演奏の際に常に許諾が必要となるわけではありません。著作権法は、著作権者の権利が及ぶ利用行為でも、無許諾で行える場合を個別具体的に規定しました(「権利制限規定」といいます)。その中に「営利を目的としない演奏」という規定があります(38条1項)。
この38条1項は、公表された著作物は、(i)営利を目的とせず、かつ、(ii)聴衆又は観衆から料金を受けない場合で、かつ、(iii)当該演奏について実演家(演奏者)に対し報酬が支払われない場合に、無許諾かつ無償で演奏することを認めています。

金沢大学でこの3月に開催された知財国際シンポジウムの懇親会で、保護期間が満了していない日本の作品をいくつか演奏させていただきましたが、これは38条1項の適用がある場面です。シンポジウム主催者は国立大学ゆえ、営利団体ではなく、もちろんシンポジウムに営利目的はありません。私には報酬は支払われませんでした。懇親会費はかかりますが、私もほかの参加者とまったく同じ金額を支払っていることから、純粋に食事の対価と扱われていました。そのため、無許諾かつ無償で演奏が可能だったのです。(おかげさまで、日本人だけでなく海外からの参加者にも涙を流して感動されました。もっとも、私の演奏・・・というよりも選曲に感動されたようでした。)。

ただし、この(i)~(iii)の要件は、厳しく判断されることには注意が必要です。
たとえば、職業的ピアニストの場合、たとえ無料の演奏会を開いても、それがピアニストとしての活動のプロモーションになる場合、営利目的と考えられます。営利目的には、間接的な目的も含まれると解されているからです。また、入場料はとらないけれども寄付という名目で金銭を徴収する演奏会で、寄付金の一部を演奏会の経費にまわす場合には、それは演奏の対価となり、(ii)の料金に該当します。会費制の会員のみが参加できる演奏会については、たとえ1回の演奏会が無料であったとしても、会費が演奏の対価とみなされるため、料金にあたります。(iii)報酬に関しては、給与が支給されている楽団が行う演奏会は、演奏会ごとに報酬の支払いを受けなくとも、楽団自体の活動として行なわれる以上、給与が報酬にあたると考えられています。
このように、ひとつひとつの要件の適用を検討し、(i)~(iii)の要件すべて満たしてはじめて38条1項に基づき無許諾かつ無償で演奏できることになります。

■ 演奏中の高ぶりには要注意~編曲権(27条) と同一性保持権(20条)

ニューヨークで演奏を断念したホロヴィッツ版を編曲したフランツ・リストは筆者が好んで演奏する作曲家の一人ですが、彼が生きた時代には、リストに限らず数々の作曲家が編曲において名作を残しています。

この編曲に関して、著作権者は編曲権という著作権を専有しています(27条)。
著作権法上の「編曲」(2条1項11号)とは既存の楽曲をベースに新たな創作性が付加されたものをいいます。そのため、単なる転調や、単純な楽器編成の変更は「編曲」にあたらないと考えられています。また、テクニック上の問題により、音を外したり違う音をたたいたりしてしまった場合も、創作性が付加されているわけではないので、著作権法上の「編曲」にはあたりません(演奏会までに練習が間に合わなくても心配ご無用です)。一方、一声を二声にする編曲などは創作的な変更が加わっており、「編曲」にあたると考えられる場合がほとんどでしょう。つまり厳密にいえば許諾が必要です。

また、この場合、編曲権のほか、著作権とは別に著作者に生じる人格権である同一性保持権(20条)が問題となるでしょう。同一性保持権とは、著作者の意に反する改変を受けない権利です。そのため、大幅な編曲などが作曲家の意に反する場合には、同一性保持権の侵害となる可能性があるのです。

付随して生じる疑問として、演奏者が作曲家のイメージとかけ離れた演奏をすることは許されるのでしょうか。これは創作的な変更が加えられた場合とは異なり、音符自体に変更はありません。しかし、楽譜中で明確に指示されている演奏記号を無視した演奏は(極端な例でいえば、fffをpppにするとか、レガートをスタカートにしたりリズムを大幅に変えたりするなど)、同じメロディーでも違った曲のように聞こえることがあります。
この場合、意に反する改変にあたり得るので、やりすぎには注意が必要です。もっとも、テクニックが未熟なために著作者が意図した音楽を十分に表現できないという場合や、本番緊張して音を外してしまった場合、演奏者の癖でリズム感が変わってしまったりする場合には、「やむを得ない改変」として、著作者人格権を侵害しないものと考えられます(20条4項)。

オリンピックには魔物が住んでいると言われますが、舞台も同じです。本番は異常な緊張感と客席の熱気につつまれ、普段の練習とは違う演奏をしてしまうことも珍しくありませんが、粋なパフォーマンスをしようと本番で微修正やリズム変更を超えた大幅な編曲をしてしまわないようにご注意ください。

■ できることなら暗譜しよう~コピー譜をみながらの演奏 (49条に関連して)

舞台に立つ際、魔物より恐ろしいのが暗譜による演奏です。若い方にはピンとこないかもしれませんが、ある一定の年齢を超えたときから、舞台の上で暗譜で演奏することは恐怖に変わります。暗譜で演奏する能力が年齢に反比例するというのは私に限った話ではなく、尊敬する先人達からもよく聞く話なので、真実なのだろうと思います(とはいえ、ウィーンの大巨匠イェルク・デムス先生は、バッハの全曲についていつでも暗譜で弾けるそうなので、一部の天才についてはあてはまらないようです)。

著作権者は複製権を専有していますが(21条)、第三者による私的使用を目的とする複製は法律上許されています(30条1項)。たとえば家で練習するために楽譜をコピーすることは自由です。

では、当初は自分で練習する目的のためだけにコピーした楽譜を、後日コンサートで、譜面台において演奏する場合はどうでしょうか。
著作権法上、権利制限規定で定める目的以外の目的で、権利制限規定に基づき適法に作成された著作物の複製物を頒布し、又はその複製物によって著作物を公衆に提示した者は、その著作物の複製を行ったものとみなされます(49条1項)。私的使用目的でならば複製は適法だけれども、適法に作成した複製物を、私的使用目的を超えて頒布又は公衆に提示したら、「頒布or公衆の提示」=「複製」と評価されるということです。

この点、当初は私的使用目的でコピーしたわけですから、30条1項に基づきコピー自体は適法です。しかし、公衆に聞かせる目的で演奏する段階ではもはや私的使用目的を超えていますから、譜面台でコピー譜を使いながら演奏することが「複製物によつて公衆に提示」したといえれば、49条1項により、複製をしたものとみなされてしまいます。
では公衆の面前でコピー譜を使いながら演奏することが、その「複製物によつて」音楽の著作物を「公衆に提示」したといえるのでしょうか。加戸守行氏はこれを「複製物によつて」公衆に提示したものと解釈されているようです。しかし、音楽の著作物が公衆に提示されているのは、演奏によるのであって、コピー譜によってではありません。したがって、「複製物によつて」提示されているとはいえないでしょう。「公衆」たる聴衆からは舞台の、しかもピアノの譜面台におかれたコピー譜は見えませんし、後者の解釈の方が自然だと思います。

私も長年、暗譜で弾けるぐらいでないと人前で演奏してはいけないと信じこんでいましたが、最近そうも言っていられなくなりました。今後は譜面を使いながら演奏する機会が増えるかもしれません。

■ 終わりに

このように、演奏家は様々な著作権法上の問題に出くわします。今回は演奏に関する著作権法上の論点をピックアップしてご説明申し上げましたが、一論点につき一コラムが書けるほど、本当はもっと奥深い議論があります。機をみて(音楽についてももう少しマニアックな話を掘り下げると共に)他の論点にも触れたいと思っております。

以上

※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。