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コラム column

2016年5月26日

著作権商標裁判

「『フランク三浦』に誘われて-パロディ商標の世界を概観する」

弁護士  唐津真美(骨董通り法律事務所 for the Arts)


最初に告白しておく方がフェアだと思うので、まず書きます。個人的にこのセンスは大好きです。『フランク三浦』・・・人によっては昭和の大スターを思い出すかもしれませんが、時計好きならば、スイスの高級機械式時計ブランド『フランク ミュラー』を思い出してニヤリとするはず。『フランク三浦』は、公式サイトでも『シャレとお洒落がわかるハイセンスな人にオススメの「デザイン・ノリ・低価格」を追求したパロディーウォッチ』と銘打っているくらいですから、「狙って」いることは明らかです。先月この『フランク三浦』について、「フランク三浦が勝訴 フランク ミュラーの主張認めず」という報道がありました。「えっ、「本家」じゃなくて、『フランク三浦』の方が訴えたの?」という疑問の解明を足掛かりに、今回はパロディ商標について概観したいと思います。


●『フランク三浦』が『フランク ミュラー』を訴えた?‐今回の訴訟について

報道された訴訟の射程範囲を理解するために、訴訟の概要を理解しておく必要があります。今回の訴訟の原告は『フランク三浦』を商標登録している会社です。ここで、「パロっている側が本家を訴えるなんで盗人猛々しい」と思ってしまうのは、誤解です。本件裁判の流れをまとめると下記の通りです。


(1) 原告会社が『フランク三浦』の商標を特許庁に登録

(2) 『フランク ミュラー』の商標管理会社が、『フランク三浦』商標は、登録済である「フランク ミュラー」商標(共に時計等が指定商品になっている)に類似し無効であるとして、特許庁に商標の無効審決を求める。

(3) 特許庁が『フランク三浦』商標の無効審決を出す(本件審決)。

(4) 『フランク三浦』が特許庁審決の取消しを求めて知財高裁に提訴。

(5) 知財高裁が特許庁の無効審決を取り消す判決を出す(本件判決)。

つまり、訴訟の出発点を見れば「本家」の『フランク ミュラー』が『フランク三浦』の無効を申し立てた訳ですから、話の流れとしては納得がいきます。

なお、本件訴訟はあくまでも『フランク三浦』という商標の登録無効事由の存否について判断しており、パロディ商品を販売することの適法性については判断していないことに注意してください。画像を見ると分かりますが、『フランク三浦』の時計は、『フランク ミュラー』の特徴的な文字盤を模倣するなどしており、商品の外観上も「本家」に相当程度似ています。この点はもちろん法的に問題になりうるのですが、また別の機会(いつ?)に触れたいと思います。

フランク三浦 フランク ミュラー
『フランク三浦』HPより 『フランク ミュラー』HPより

●特許庁が『フランク三浦』にNOを出したわけ-商標登録の無効事由

商標の本質的な機能は、自己の商品やサービスが他の商品・サービスと識別できるという「自他商品等識別力」にあるといわれており、自他商品等識別力がない商標は登録できません。また、自他商品等識別力がある商標であっても、公序良俗や、出所混同(消費者が商品・サービスを提供している者が誰かを誤解すること)の防止、また品質誤認(消費者が商品・サービスについて実態よりも良質なものと誤解すること)の防止などの観点を考慮した結果、商標登録を認めないケースもあります。これらの事由が商標法第4条第1項に不登録事由として列挙されており、不登録事由があるにも関わらず登録されている商標については、無効審決を求めることができます(商標法第46条1項各号)。

本件訴訟の対象となっている特許庁審判は、『フランク三浦』商標は商標法第4条第1項第10号、11号、15号及び19号に違反して登録されたものである、として無効審決を出しました。これらの条項は、パロディ商標については必ずと言ってよいほど問題になるので、その中身を少し詳しく見ておきましょう。

本件で問題になった不登録事由のうち、第4条第1項第10号、11号及び15号は、商標の出所混同を防止するための規定であり、19号は、著名商標の不正目的使用を禁止する規定です。


10号 他人の周知商標と同一又は類似の商標であって、同一又は類似の商品・役務に使用するもの

11号 他人の登録商標と同一又は類似の商標であって、指定商品・役務と同一又は類似のもの

15号 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれのある商標

19号 他人の著名商標と同一又は類似の商標で不正の目的をもって使用する商標

15号の規定は10号・11号と異なり、「本家」と異なる商品やサービスに商標を使った場合でも、その商品・サービスが著名な商標の所有者、あるいはその所有者と経済的・組織的に何らかの関係がある者によって製造・販売・提供されたかのような印象を与えるときには該当します。

一方19号は、出所の混同のおそれまではないものの、出所表示機能を弱めたり(希釈化)、著名商標の信用や名声等を毀損させる目的で出願したりする場合は本号に該当するとされています。

上記のいずれの不登録事由も、2つの商標の類似性が前提となっている点は、重要なポイントです。このうち15号については、条文上は類似性が要求されていないのですが、後述する過去の裁判例に照らしても、引用する標章(15号については登録商標に限りません)との類似性が重要な判断要素とされています。

本件の無効審決は、『フランク ミュラー』の商標は著名商標であり、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』の商標が類似するとした上で、『フランク三浦』の商品は、『フランク ミュラー』商品と外観の類似する廉価商品(いわゆる「ばったもん」です)を販売するなどしており、『フランク ミュラー』商標に化体した信用、名声、顧客吸引力にただ乗りし(フリーライド)、これを毀損させる不正の目的を有する、と結論づけたのです。


●知財高裁はなぜ、『フランク三浦』の登録を認めたのか

特許庁の無効審決に対して、知財高裁は、ざっくり言うと「『フランク三浦』と『フランク ミュラー』『FRANCK MULLER』は類似していない」、そして「出所混同のおそれは生じない(=間違える人なんていないでしょ)」と判断しました。また、19号(不正の目的)については、上記のように19号も商標の類似を前提としていることから、「判断するまでもない」と結論づけています。

商標の類似性判断に関して、特許庁の商標審査基準は「商標の有する外観、称呼及び観念のそれぞれの判断要素を総合的に考察しなければならない」とし、さらに「商標が使用される商品又は役務の主たる需要者層(例えば、専門家、老人、子供、婦人等の違い)その他商品又は役務の取引の実情を考慮し、需要者の通常有する注意力を基準として判断しなければならない」と書いています。簡単に言えば、「見た目(外観)」、「読み方・呼び方(呼称)」、そして「商標の意味(観念)」をベースとし、対比される2つの商標が同一・類似の商品に使用された場合に、ターゲットとなる消費者がどこのブランドの商品か勘違いするおそれがあるか、という観点から決定されるということです。

知財高裁の判決文には「本件商標(『フランク三浦』)は,その中に「三浦」という明らかに日本との関連を示す語が用いられており,かつ,その外観は,漢字を含んだ手書き風の文字から成るなど,外国の高級ブランドである被告商品を示す引用商標1(『フランク ミュラー』)とは出所として観念される主体が大きく異なるものである・・・」などと書いてあって、面白いネタを裁判官や弁護士・弁理士が大真面目に論じている様子がなかなか楽しいので、興味のある方はどうぞ判決本文を読んでみてください。


原告商品を示す「本件商標」     被告商品を示す「引用商標1」
『フランク三浦』の商標     フランク ミュラー(標準文字)


●パロディ商標をめぐる過去の裁判例

「パロディ」というと、映画・ドラマなどの映像作品や小説におけるパロディなど、著作権法上の問題として論じられることが多いのですが、本件は商標の世界におけるパロディと言えます。このようなパロディ商標については、過去にも何回か審決や訴訟になっています。

商標法との関係では、商標パロディは(1)パロディ商標の登録が認められるか、という点と、(2)パロディ商標(登録・未登録を問わない)を使用することが既存商標の商標権を侵害することになるか、という2つの点で問題になりえます。

このうち、本件と同様にパロディ商標の登録の有効性が問題となった事件としては、『BOSS』vs『BOZU』事件(特許庁登録異義審決平成10年10月27日)、『ランボルギーニ』vs『ランボルミーニ』事件(知財高判平成24年5月31日)『PUMA』vs『KUMA』事件(知財高判平成25年6月27日判決)があります。


▼ 『BOSS』vs『BOZU』事件(特許庁 平成10年異議第90851号)

本件商標『BOZU』      引用商標『BOSS』
本件商標      引用商標



『ランボルギーニ』vs『ランボルミーニ』事件
  (知財高裁 平成23年(行ケ)第10426号)

本件商標『ランボルミーニ』 引用商標『ランボルギーニ』
本件商標 引用商標



『PUMA』vs『KUMA』事件(知財高裁 平成24年(行ケ)第10454号)

本件商標『KUMA』   引用商標『PUMA』
本件商標   引用商標



みんなよく考えるなあ、と感心してしまいますが、これらの事件では、いずれも結論として、パロディ商標と既存商標との類似性を認め、「混同のおそれ」があると認定されています。『フランク三浦』と『フランク ミュラー』は文字のみからなる商標ですが、上記の各商標はロゴと文字が組み合わされた商標であり、外観上の類似性も判断に大きく影響したと思われます。

なお、『KUMA』事件では、不登録事由として、商標法第4条第1項第7号の該当性も主張され認められました。7号は、公の秩序、善良な風俗を害するおそれがある商標の登録を認めないとする規定です。商標自体が卑わい、差別的なもの、他人に不快な印象を与えるようなもののほか、商標法以外の法律によって使用が禁止されている商標など、公序良俗を害するおそれがあるものが本号に該当するとされています。裁判所は、『KUMA』商標を『PUMA』商標に酷似させることによって、『PUMA』商標の信用、名声や顧客吸引力にただ乗り(フリーライド)する「不正な目的」があると認定し、また『KUMA』商標の使用により『PUMA』商標の信用などを損なうおそれがある、と判示しました。このような基準に照らすと、パロディ商標は、「本家」との類似性が高い限り「公序良俗を害するおそれがある」と認定されてしまいそうです。このあたりは、社会として「パロディ」をどのように捉えるのか、という根本的な問題と言えるかもしれません。

商標権侵害が問題になった事件としては、北海道の人気菓子である『白い恋人』の製造販売会社が、吉本興業に対して『面白い恋人』という名称の菓子の販売差止めを求めるという、これまた心ときめく事件があったのですが、残念な(?)ことに裁判上の和解が成立し、判決には至りませんでした。もっとも、商標権侵害の場合も、侵害されたとされる登録商標と、侵害商標(未登録のものも含む)の同一性・類似性が前提となりますので、本件の知財高裁判決のようにそもそも類似性がないと認定された場合には、商標権侵害の主張も認められないと思われます。


『面白い恋人』
『面白い恋人』

●不正競争防止法の観点

パロディ商標は、不正競争防止法との関係でも問題になる可能性があります。上記の『白い恋人』vs『面白い恋人』事件においても、原告は、商標権侵害と同時に不正競争防止法違反を主張していました。

不正競争防止法には様々な規定がありますが、そのうち商標に関連する規定は、登録商標であることを要件とはしない代わりに、周知にした限度で商標の保護を図る制度といえます。パロディ商標に関して問題となる「不正競争」の類型の1つが、同法第2条第1項第1号の周知表示混同惹起行為です。周知となった商標と同一または類似の商標を無断で使用し、混同を生じさせ、またはそのおそれがある場合に適用されます。全国的に有名になった著名商標については、第2条第1項弟2号の著名表示冒用行為の適用が考えられます。著名商標と同一または類似の商標を無断で使用した場合に認められ、混同のおそれは問われていません。著名表示冒用行為については、そもそも「似ていない」場合には使えませんが、「似ているけど、誰も間違えないよね」という場合には使える余地があることになります。パロディ商標の場合、「本家」が有名・著名であるからこそパロディの意味があるわけですから、不正競争防止法に違反する可能性も十分に考えられます。著名表示冒用行為の要件を考えると、「大して似ていないのに誰もが"あのブランドのパロディだな"と分かる」という高度なパロディ商標でない限り、日本法におけるパロディ商標は、なかなか苦しい立場に置かれていると言えそうです。

ただし、一方で、不正競争を理由とする差止請求や損害賠償請求は「不正競争によって営業上の利益を侵害される」場合に認められます(第3条、第4条)。(差止請求については侵害のおそれがあれば足ります。)『フランク三浦』について言えば、『フランク ミュラー』の愛好家が、明らかなパロディ時計である『フランク三浦』を購入したことで満足して『フランク ミュラー』を買うのをやめる可能性は低いと思われるので、「『フランク ミュラー』側の営業上の利益は(差止請求や損害賠償請求を認めるに足りるほどには)侵害されていない」という議論の余地もあると思われます。

もっとも、パロディは許容すべきという主張のキモは、パロディは表現の自由として認めるべきだという点にあります。さらに言えば、そこには「パロディのある世界はパロディのない世界より豊かだ」という価値観があります。すでにお分かりの通り、筆者も「パロディのある世界」をより好む一人です。個人的な意見としては、少なくとも良質なパロディは、営業上の利益云々の議論によってではなく、表現の自由の観点から正々堂々と認められても良いのではないかと思います。


●リアルなフランク ミュラー氏の反撃は可能なのか~人格権・パブリシティ権

ところで本件には、上にあげた過去に問題となったパロディ商標とは異なる事情があります。公式サイトによれば『フランク三浦』氏は「人前に顔をほとんど出さない謎の天才時計師」との触れ込みですが、『フランク ミュラー』氏は、人前に顔も見せる実在の時計師です。決して歴史上の人物ではなく、1958年生まれとのことで、もちろん今もご健在です。つまり、『フランク ミュラー』は時計のブランド名であると同時に、実在の人物の名前でもあるわけです。(氏名を商標として登録することについては色々とルールがあるのですが、本稿では割愛します。)人の氏名については、従来からパブリシティ権(氏名の有する顧客吸引力を排他的に利用する権利)が保護されると論じられてきましたが、最高裁がピンク・レディー事件の判決(最高裁平成24年2月2日判決)において、このパブリシティ権を最高裁として初めて認めたことで話題になりました。(パブリシティ権についてはこちらのコラムもご覧ください。)。ただし、上記最高裁判決は、パブリシティ権の判断基準として、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に」違法なパブリシティ権侵害となると述べています。補足意見と合わせて読むと、「専ら...目的とする」とは、「顧客吸引力の利用以外の目的があってはならない」というレベルまで要求する意図ではないようですが、判断基準は必ずしも明確ではありません。

冒頭でも書いたように、筆者は『フランク三浦』的なセンスが好きですし、もし店で『フランク三浦』の時計を見掛けたら、手に取って見てみたいという衝動に負けそうです。そして、筆者がこのように『フランク三浦』に惹きつけられるのは、本家の『フランク ミュラー』の存在を知っているからに他なりません。まさに「顧客吸引力」です。もっとも、『フランク三浦』の広告などを見ると、「名前が『フランク ミュラー』ぽいから買いたい」という消費者を狙う目的だけではなく、「パロディのセンス・洒落で惹きつけたい」という意図も明らかに見受けられます。「これは『フランク ミュラー』ではない」ということがはっきり書いてある広告等の評価も悩ましいところです。もし、フランク ミュラー氏が『フランク三浦』に対して、自身のパブリシティ権や人格権に対する侵害だと主張したら、どのような判断がされることになるのでしょうか。こちらも興味深い問題です。


●最後に

報道によれば、『フランク ミュラー』側は、知財高裁判決を不服として最高裁に上告したとのことです(記事)。個人的には『フランク三浦』が存在できる世界を愛おしいと思いつつも、法的議論は別の話。裁判の行方には、まだまだ目が離せません。



【追記 2017.3.7】
平成29年3月2日付の決定で、最高裁第一小法廷は「フランク・ミュラー」の商標権管理会社の上告を退けました。この決定により、特許庁の無効審決を取り消した知財高裁判決が確定しました。

以上

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