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コラム column

2011年5月30日

著作権法IT法

「 『全メディアアーカイブを夢想する』
 ―国会図書館法を改正し、投稿機能付きの
   全メディア・アーカイブと権利情報データベースを始動せよ― 」

弁護士 福井健策(骨董通り法律事務所 for the Arts)

本稿は、昨年度日本知財学会の秋季シンポジウムでおこなったスピーチに基づいています。スピーチの内容は、いわば拙著『著作権の世紀』第5章の続編と言えるものです。それは、「Googlization」と呼ばれる状況やそれに対抗するEUの戦略をにらみつつ、一種の思考実験として、日本が目指すべきと思えるメディア横断のアーカイブ案と、関連する法改正の方向を示したものでした。内容はその後同学会誌第7巻3号に掲載されたのですが、幸い幾人かの方から関心を寄せていただきました。学会誌はネット公開されていないため、編集部にご快諾いただき一部加筆してコラム化したのが本稿です。

何ぶん元が論文ですので、読みづらい点はどうぞご寛容を。また、特に記載がない限り、情報は2011年初頭のものに拠っています。


【概要】現在、情報世界を席巻するプラットフォームは、ほぼアメリカ系で占められたと断言して良い。EUは2008年、統合電子図書館「ユーロピアーナ」を立ち上げた。背景にあるのは文化の集積と流通をめぐるシビアな戦略的思考であろう。日本にも数多くの野心的なアーカイブの試みがあるが、「収集の壁」「権利処理の壁」「統合の壁」に苦しむ。

本稿では、ある種の思考実験として、日本が中期的に目指すべきと思える文化アーカイブのプロジェクト案を提示する(図表参照)。それは、文献・画像・映像などを横断する全メディア・アーカイブであり、通常の収集に加えて投稿機能を備える。ディジタル収録された作品が市販中の場合、権利登録データベースに登録した権利者が「公開」と指定しない限りは視聴できないが(オプトイン)、入手困難・権利者不明と判別された場合には、6ヶ月以内に権利者が「非公開」を指示しなければ視聴可能となる(オプトアウト)。視聴は有料とし、対価は権利者が自由に指定できる。


1 『Googleとの闘い』と欧州電子図書館の誕生

2005年、ヨーロッパで一冊の本が出版された。

元フランス国立図書館長、J・ジャンヌネー氏が著した『Googleとの闘い』という書籍である。[1]

同書は、世界最大のネット企業と化したグーグルが情報世界の覇権を握り、英語文化を中心に世界の文化が序列化されることに強い警鐘を鳴らし、当時のEU関係者に衝撃を与える。

それから5年、「グーグルの脅威」といった言説はすでに聞き飽きられたものとなり、ここで改めて紹介するまでもないだろう。

過去数ヶ月はアップル社にニュースの主役を奪われがちとはいえ、同社は、世界各国で圧倒的シェアを握る検索エンジンの最大手であり、検索連動型広告という手法を確立したネット広告の革新者であり、世界最大のアクセス(Page View=PV)数を誇るネットサイトであり(子会社であるユーチューブも世界3位のPV数を誇り、Alexaによれば両者を合わせたPV数は世界5位までの他の企業、すなわちFacebook、Yahoo!、マイクロソフトLiveを合わせたよりも多い)[2]、そして作品など社会に散在する情報を取り込んでユーザーに提供する「アグレゲート型」サービスの代名詞的な存在である。

たとえば、2009年から日本でも大きな話題となったグーグル・ブックスは、古今の書籍をスキャンして電子書籍化するプロジェクトであり、世界最大の動画投稿サイトユーチューブには、本稿執筆時点で1分あたり35時間以上の動画が世界各国から投稿され1日20億ビュー以上の視聴を集める。大量のネットニュースを自動収集して体系化・リンクするグーグル・ニュースや、世界中の街並み写真を提供するストリート・ビューなど、全てのサービスが我々のネットライフに大きなインパクトを与えた。

グーグルを筆頭に、世界2位のPV数を誇り日本でもユーザーが急拡大するSNS「Facebook」、音楽を皮切りに世界のコンテンツ配信を統合しつつあるアップル、「電子書籍元年」の起爆剤であり、eコマースの覇者たるAmazon、日本でもユーザーが1100万人を超えたTwitter、非営利事業ながらPV数世界7位にまで成長したWikipediaなど、現在ネットを席巻するサービスのほとんどはアメリカ発であり、およそプラットフォームは全て米国系で占められたと断言して良い状態だろう。

こうした企業の中には世界に支社を持つものもあるが、なおその本拠地は米国であり、アメリカの文化・経済や法制度の強い影響下にある民間企業であることは間違いない。『Googleとの闘い』の筆者は、来るべきネット社会において、情報の流通を米国の一部企業に握られ、グーグルを特徴づける「ランク付け」により英語以外の文化情報は「2ページ以下=下位」にランクされることで益々周辺に追いやられることを危惧したのである。

同書に対するEUの反応はすばやく、同年には欧州統一の巨大電子図書館「ユーロピアーナ」(Europeana)プロジェクトがスタートした。これはヨーロッパ各地の電子アーカイブを統合したもので、既存のディジタルアーカイブを結びつけるがゆえにその「収録数」の伸びはすさまじい。2010年には、2008年の立ち上げ時の約7倍にあたる、1400万部のディジタル化された文献・画像・動画・音楽が無料で公開されている [3]。その最大の特徴はメディア横断という点にある。ユーロピアーナでは現在、ユゴーの「レ・ミゼラブル」もゴッホの「ひまわり」も、同じ画面上で検索し観賞することができる[4]

急速な対応の背景にあるのは、「文化の集積と流通を支えるのは、域外の一民間企業ではなく、中立的で安定した地域内の公共セクターであるべきだ」というシビアな戦略的思考であろう。それを支えるのは加盟各国のディジタル化プロジェクトであり、旗振り役といえるフランスでは、サルコジ大統領の肝いりで文化資産のディジタル化に1000億円以上の巨大予算を計上している。


2 苦闘する日本

我が日本にも、数多くの野心的なアーカイブの試みがある。

代表例は、国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」などのプロジェクトだろう。すでに約17万冊の明治・大正期書籍がディジタル化されて無料公開されているほか、国会図書館では更に1968年までの90万冊について、追加ディジタル化を進行中である(2010年12月時点で累計38万8000冊を電子化済み)。同館の長尾真館長は、ディジタル化した書籍を一般家庭にも有料配信し、その配信収入を作家・出版社といった権利者に分配する意欲的な私案を公表しており[5] 、その実現を目指して作家・出版社との協議も進む[6] 。民間の書籍アーカイブではこのほかに、非営利のボランティアが手入力したテキストデータを無償提供する「青空文庫」の果たした役割は大きい(1997年創始。2009年時点で所蔵8500点)。

他のジャンルでは、映画の収集・修復をおこなう国立近代博物館フィルムセンター、NHKアーカイブス・NHKオンデマンドなどの放送番組ライブラリー(前者は、2009年現在でニュース除いて57万5000番組を所蔵し約6500番組を公開)、日本放送作家協会などの「脚本アーカイブズ」、日本レコード協会ほかによる歴史的音盤アーカイブなど、意義ある取り組みが数多い。


しかし、これら国内アーカイブの多くは困難に直面中とされ、運営をめぐる労苦をしばしば耳にする。

たとえばそれは、作品の収集・保存・修復に費やすヒト・カネ・ノウハウの全てが不足しているという「収集の壁」であり、収集してもディジタル化・公開のための必要な権利処理が行えないという「権利の壁」であり、そしてそれぞれのデータベースが孤立しており連携が十分にとれないという「統合の壁」である。

日本に限らない世界共通の課題として、アーカイブの権利処理の苦労に拍車をかけるのは権利者不明の「孤児作品」の多さであろう。かつて、国会図書館で明治期図書の著作権が切れているかを調査したことがある。すると、全7万人強の著者の7割以上について、連絡先はもとより没年もわからなかった[7]。明治期図書ならば権利者不明が多いのは当然とも言えるが、放送番組のように多数の権利者(スタッフ・出演者)が関与するジャンルでも、権利者不明のケースが多いことはつとに指摘されている[8]

言うまでもないが、権利者が不明ならば許可は取りようがない。


こうした「権利処理の壁」を乗り越えるべく、多数の作品の権利情報を集約的に管理し事業者が利用許可を一括で取得できるような、「権利の集中管理」についての取り組み・提言は多い。

我が国にはすでに、権利の集中管理をおこなう著作権等管理事業者は少なくないが、代表的な存在は、言うまでもなく日本音楽著作権協会(JASRAC)だろう。同団体は、オンライン・データベース「J-WID」に搭載された作品数だけで国内外約269万曲(2010年4月時点)とされ[9]、ほとんどのプロフェッショナルの音楽作品の権利を一括管理していると言っても過言ではない。

音楽に比べると、他の文化ジャンルでの権利の集中管理化はまだ道半ばと言える。文芸・放送脚本・映画シナリオの分野では、いわゆる文芸三団体(日本文藝家協会、日本脚本家連盟、日本シナリオ作家協会)が各ジャンルの作家から委託を受けて作品の権利を管理している。このうち委託数が最も多い文藝家協会の「委託作家リスト」によれば、同協会が権利を管理する作家数は3511 名(2009 年時点)である[10]。これは一面においては十分に多いが、国会図書館所蔵和書の作家数が合計70万名を超えることを思えば網羅的と言うにはまだ遠く、かつ、ステークホルダーである出版社の権利問題という課題を残している。そのため、電子書籍をめぐって2010年に立ちあがった「ディジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(いわゆる三省懇)による「書籍版JASRAC」の提唱など[11] 、書籍分野での権利の集中管理化も模索される。

映像分野でも、経団連によって「映像版JASRAC」構想が提言されるなどしていたが、2009年には日本芸能実演家団体協議会(芸団協)・日本音楽事業者協会(音事協)などの実演家関連団体によって、映像分野での著作隣接権処理を一本化するための映像コンテンツ権利処理機構(aRma)が立ち上がった。

そのほか、「Japan Contents Showcase」、「著作権問題を考える創作者団体協議会」ポータルサイト、いわゆる任意登録制構想など、権利の集中処理や権利情報の一括提供をめぐっては、多数の提言・プロジェクトが混在する。


3 全メディア・アーカイブに関する試案

こうした状況を踏まえて、以下では今後5~10年間の中期目標として、日本が(あえて「国策」として)目指すべきと思える文化アーカイブのプロジェクト案を提示する。(図表参照。もっとも、言わば前述の「ユーロピアーナ」、賛否両論を呼んだ「グーグル・ブックス和解案」[12]、及び長尾国会図書館長の構想を参考に、どんな仕組みなら権利者も「乗れる」のかを想像してみたもので、あくまで議論の対象を提示するための筆者の思考実験若しくは夢想に近い。)


(図表)全メディア・アーカイブ試案

(図表)全メディア・アーカイブ試案


     公開のルール

・ パブリック・ドメインのもの、CCライセンスなどあるもの
  ⇒ 無料公開
・ 市販中の作品、海外作品
  ⇒ 権利者の指示により公開・価格設定可(オプトイン)
・ 品切れなど入手困難、権利者不明作品
  ⇒ 6ヶ月予告し、権利者の反対がなければ公開。
    その後も価格変更・停止可(オプトアウト)

1) 全メディア・アーカイブとする

ディジタルに垣根はない。また、美術館のアーカイブにメディアアート作品(映像)が収録されるように、メディアミックス的な領域も生まれている。映像アーカイブと脚本アーカイブを別個にすることは必ずしも望ましくないように、スケールメリットやワンストップ・ショッピングの便宜を考えれば、ユーロピアーナに見られるようなジャンル横断的な全メディア・アーカイブが望ましい。


2) プラットフォームを担うのは非営利セクター

アーカイブ事業の大半は、営利セクターでのビジネスとしては成立しづらく、公共的な資金を用いなければ安定的な展開は難しい。公共資金を導入した全メディア・アーカイブの運営主体としては、新たな独立行政法人や民間非営利法人も考えられるが、独立性が高くディジタルアーカイブとしてのノウハウもある国立国会図書館も有力候補であることは間違いない。

無論、日本にはすでに先行の意欲的なプロジェクトやアーカイブが存在する。これらのアーカイブのノウハウや独自性は無論これからも尊重されるべきであろう。そこで、全メディア・アーカイブは独自の作品収集を続けながらも、こうした既存アーカイブに相互接続を呼びかけ、その検索と後述する課金・決済のプラットフォームとしても機能するのが現実的だ。


3) 市販中作品はオプトイン、入手困難・権利者不明作品はオプトアウト

作品のディジタルデータの収集は、これまで国会図書館でおこなって来た納本制度、フィルムセンターや美術館・博物館がおこなって来た個別の収集と連動させる。ただし、ディジタルデータがアーカイブに収録されても、著作権の保護期間が切れた(パブリック・ドメインの)作品を除いてただちにはネット公開されない。

収集後、作品は「市販中」か「入手困難・権利者不明作品」かが判別される。市販中の作品は、作品名と小サイズのサムネール画像だけがアーカイブ画面上で表示される。

全メディア・アーカイブと同時に、作品の権利登録データベースを設置する。アーカイブとは独立でも良いし、可能ならば既存の権利情報データベースを相互に結びつける形でも良い。

市販中の作品の場合、権利登録データベースに権利者が登録の上「公開」と指定しない限りは公開されることはない。つまり原則は配信されず、権利者の許諾があった場合だけ配信される「オプトイン」である。

他方、入手困難・権利者不明作品と判別された場合には、収集後に権利登録データベース上をはじめ、国内のわかる範囲の権利者に「公開準備中」と通知される。以後、6ヶ月以内に権利登録データベースに登録した権利者が「非公開」を指示しなければ、公開される。すなわち、権利者が反対の指定をしない限りは配信される「オプトアウト」である。無論、いったん公開された後も権利者が指定すればオプトアウトは可能とされる。

なお、権利登録データベース上は、ひとつの作品(ディジタルデータ)について、著作権や隣接権などの権利ごとに「権利行使者」はひとり(一社)を登録する形をとる。たとえば作家と出版社であれば、権利を行使する者を取り決めない限り、データベースに登録したり使用料を受領することはできない。無論、「行使者」はいつでも変更可能。仮にひとつの作品について複数の権利者が登録しようとすれば、当事者同士の協議が求められる。意見をまとまらない限りはアーカイブで公開はされない。

こうすることで、時に当事者間の契約の曖昧さがネックになる日本のコンテンツ流通状況の整理を加速することが期待される。


4) 課金・決済機能を持たせる

アーカイブからの作品視聴方法としては、パブリック・ドメインのものは無償でダウンロード可能とし、保護期間中のものは視聴のみでダウンロード不可、若しくは事実上「貸出し」と同様になるようにダウンロードから数日後に視聴不能にする。そして、パブリック・ドメインのものを除いて視聴やダウンロードは有料とし、オンライン決済を可能にする。

徴収された対価は全メディア・アーカイブ/権利登録データベースの手数料を控除した後、権利者に分配される。その配分実務は既存の権利者団体に委託するなど、すでにあるリソースの活用をはかる。


5) 価格決定権は権利者に

価格は、閲覧若しくは貸出し類似のみのサービスであることも考慮して「図書館・美術館へ通う電車・バス賃程度」[13] を念頭においた200~400円の金額を標準の設定とするが、権利登録データベースに登録した権利者が価格を指定できる。人気があれば高くするのも自由だし、逆に無料にもできる。極端な話、貴重な専門書の作家が自著の数日間の「貸出し」の対価を1万円にしても構わない。バランスを失した価格ならば、誰も視聴しない結果となる。


6) 投稿機能を備える

書籍以外のジャンルの作品についても現在の「納本制度」的なルールを検討しても良いが、いずれにせよ過去の作品については収集するほかない。フィルムセンターなどの例を挙げるまでもなく、この収集が難事業である。散逸している作品はおそらく多い。

他方、ユーチューブのような投稿サイトでは、貴重な映像が豊富に見られることは時に驚くほどである[14]。そこで、全メディア・アーカイブでもこうした関係者やユーザーの自発的な提供に期待して、作品は誰でも投稿できるようにする。

ただし、言うまでもないが権利処理が必要なので、ユーチューブなどと異なりパブリック・ドメイン作品以外はすぐには公開しない。市販作品ならば、やはり「オプトイン」の対象となる。つまり、投稿があったという事実とサムネール画像だけは表示する。公開して欲しいという人々のリクエストを投票できるようにしても良い。権利登録データベースを通じて、権利者の認証を確認できれば公開される。

他方、「入手困難・権利者不明作品」と判断されれば、やはりわかる範囲の権利者に6ヶ月予告をおこない、期間中に「オプトアウト」がなければ公開される。その後も、権利者が現れればいつでもオプトアウトは可能である。


7) 海外作品もオプトイン

以上は、国内作品についてであり、海外作品についてはベルヌ条約などの国際条約の壁があるため、パブリック・ドメイン作品を除けば安易に「オプトアウト」の対象にできない。無論、収集・投稿された海外作品についてもオプトインは広く呼びかけ、権利登録データベースを通じた権利者の許諾があれば、海外作品も公開される。


以上の概念図が上記の図表となる。


4 導入の理由と危惧

こうしたプロジェクト案、若しくは夢想に対しては、言うまでもなく多くの懸念や批判が予想される。以下、想像される幾つかについて考えてみよう。


1) 図書館無償論

「図書館は万人に開かれた文化のオアシスであり、その恩恵は無償にて平等に万人に与えられなければならない」という発想から、有償での配信には抵抗を覚える意見があるかもしれない。

しかし、同じように公費の補助を受け、同じように文化のオアシスであるはずの美術館・博物館は有料が常態化し(博物館法第23条参照)、無償でなければならない論理必然性はない。ネット配信を無償でおこなえば、図書館での通常の貸出しよりははるかに多くの人々に視聴され、その結果として正規市場を侵食する可能性は高まる。しかも図書館での貸出しはその前提として書籍が購入されているがアーカイブではそれもない。

何より、現行法では配信ビジネスには権利者の許可が必要であるのだから、無償にこだわれば提供できるコンテンツはパブリック・ドメインのものなど数が限られて来る。万人への提供にこだわるあまり、提供されるコンテンツ数が限定されては本末転倒であろう。

図書館が万人に開かれるべきだからといって、図書館に来るための電車・バス賃の助成は出ないのだから、数百円をデフォルトとするアクセス料金を徴収しても、それが図書館の使命に反するとは思えない。


2) 「なぜ税金を使うのか」「民間でやるべき」「民業圧迫である」との意見

おそらくこうした意見は強いだろう。いずれももっともな懸念である。

公共のサポートによっておこなう第一の理由は、こうした全文化アーカイブは社会インフラだからである。日本は今もって国費だけで約6兆円の税金を道路などの公共事業工事に投資している国である[15]。こうした公共工事の中には無論必要なものもあろうが、不要不急なものも多いなど多くの社会論争を招いている(311後の世界では、ますます公共工事のあり方はゼロベースで見直す要請が強まった)。情報社会にあって、文化アーカイブは道路に劣らず重要な情報産業の基礎と考えるならば、公共事業に費やす税金のごく一部をこうした情報の公共インフラに割いて良いだろう。科学技術振興などと同様、あくまでも財源の適正配分の問題であるので、財政緊縮をはかりつつ必要額を割くことは決して不可能ではない。

第二に、こうしたアーカイブによる収益はほとんどが権利者に還元され、また、権利者の指定により何時でも配信は停止できる。その意味で、原則として民業圧迫は生じにくい

第三に、市販作品はそもそも権利者が個別に許諾(オプトイン)しなければ配信対象にならない。おそらく少なからぬ商業作品は、(プロモーション的な部分配信を除いて)配信されないだろう。コマーシャルな作品は独自のマーケティング戦略をもって市場で勝負すべきであり、そうでなければ高額な売上は望めないからである。

第四に、世界に存在するほとんどの作品はこうしたコマーシャルなマーケットでは流通していないか、問題になるほどの売上をあげていない。それらは民間での展開はおそらく難しいだろう。

競合があるとすればアップルApp Store、グーグルなどアメリカ発の配信プラットフォームである。しかしながら、アーカイブ的な幅広い文化の提供事業は、情報の安全保障、文化の序列化への対抗の視点、文化振興・産業育成、公平性と安定感のいずれの観点からも、海外企業が寡占することは必ずしも望ましくない。


3) 「なぜオプトアウトなのか」との疑問

現在、日本で進行中・計画中のアーカイブはほとんどが権利者の事前許諾を得る「オプトイン」型と、権利の切れた作品を公開する「パブリック・ドメイン」型である。(これに、権利者が不明の「孤児作品」については、文化庁長官の利用裁定という制度を利用する形がまれに組み合わされる。)

当然であり、現行法を前提にするならこれらの形しかとれない。進行中の計画はどれも意義深く、筆者の関わっているものを含めて、大きな可能性を秘めている。

しかし、他方において「オプトイン」型では過去の膨大な作品を数百万点規模で収集公開する「全文化アーカイブ」は、少なくとも数十年間は達成不能であることも、ほとんど間違いない。その理由は他所で何度も述べたので繰り返さないが、一言でいえばさほどの売上が望めない過去の大半の作品について、いちいち権利者を探し出して交渉し、許可を貰うことは難しいからである。「電子書籍元年」にあって電子書店の品揃えがいずれも3万点前後に留まったことに、上記は端的に現れている。

もしも社会が、過去の膨大な文化資産が収録され、そして権利者に収入配分のできるアーカイブを必要とするならば、(同じくらい膨大な税金をつぎ込まない限り)そのための仕組みはおそらく「オプトアウト」しかない。無論、この仕組みには後述するような法改正が必要である。そのため、5~10年間の中期的なビジョンと断ったのである。


5 必要な法改正

以上の仕組みを稼動させるためには、幾つかの関連法令の改正が必要となる。


1) 国会図書館法

仮に国会図書館がアーカイブを担うなら、全分野アーカイブの設置、ディジタルデータの収集、公開及び課金決済、そのための人的体制、並びに権利管理データベースの設置(運営主体たる別法人を含む)、権利者・作品の登録及び使用料の配分についての大幅な法改正が必要となる。


2) 著作権法

著作権法の現行31条に新たな項を置き、①国会図書館の運営するデータベースでの提供に供するための同館その他の者による日本の著作物等の複製、②同データベースを経由した当該著作物の小規模な画像(=サムネール)の公衆送信、並びに、③入手困難・権利者不明と判断された当該著作物等について、同データベースを経由した公衆送信を許すこととする。

ただし、前記③については、権利者が政令で指定する登録団体に登録の上要求した場合には、公衆送信は停止される。また、教育目的などの一定の非営利利用を除いて、適正な対価が利用者から徴収され、登録した権利者に支払われるか、登録権利者が存在しない場合には、将来の権利者からの請求に向けて適正な引当金を積み立てた後に、残額は文化振興若しくはかかるデータベースの運用に利用される、とする。


なお、保護期間を確定しづらい映像著作物については、旧著作権法からの経過規定を改正し、パブリック・ドメイン作品としてアーカイブに収録したりその他活用できる時点を明確にする。すなわち、旧法時代の映画について現行法での計算期間(公表後50年若しくは70年)が終了している場合、著作者の確定の有無に関わらず「作品に映画監督として表示された者の死後38年を超えては保護期間が続かない」ことを明確にする(映画の著作権の保護期間については、コラム「古くて新しくて悩ましい― 映画の著作権保護期間について」を参照)。


6 小括

繰り返すが、以上は現実味に乏しく乱雑な、筆者の思考実験に過ぎない。それを実行しようとすれば、幾多の問題が浮き彫りになって計画は抜本的な見直しを迫られるだろうし、その実現には多くの困難を要するだろう。

しかし、現実に市場での自然発生的なプロジェクトだけでは、(一部の意欲的な事業を除いて)文化資源の配信・アーカイブが十分には進んで来なかったのも事実である。他方で、この程度の思いきった対応をとらない限り、文化のディジタル配信市場では米国発サービスによる寡占化が今後も進むであろうというのも、あながち的外れなシナリオではない。

できる分野から、本書の示すような方向に向かっていこうという意見は、決して少なくはあるまい。誤りがあれば、レビューをおこない直して行けばよい。ディジタルも、著作権も、永遠のβ版でありそれ自体が壮大な社会実験なのだから、これは当然だ。全てが実験である以上、様々なプロジェクトにわざわざ「実証実験」などという堅苦しい名前をつける必要もない。プロジェクトの出来を定期的に検証するのが当然なら、出来が悪いものを修正したり止めるのも当然なのである。


本稿の元となる小論を書いて以後、東日本大震災により私たちの周囲の世界は一変したように見える。しかし、突然に住む家と町と暮らしを奪われた避難者たちが、わずか数時間許された一時帰宅で持ち帰ろうとしたものは、私たちに大事なことを思い起させてくれる。それは、大切な人々の写真であり、懐かしい手紙であり、愛読した本であった。そこで守られようとしたものは、家庭やコミュニティの記憶=「アーカイブ」に他ならない。

懐かしい記憶を、素晴らしい文化の蓄積を、米欧がともに達成していない独自の仕組みで保存し必要とする人々に提供できれば、その価値ははかり知れない。となればこうした夢想にも、あるいは幾ばくかの意味があるかもしれない。

以上


脚注

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[1]
翻訳書:ジャン-ノエル・ジャンヌネー著・佐々木勉訳『Googleとの闘い ―― 文化の多様性を守るために』(岩波書店・2007年)
[2]
http://www.alexa.com/ より
[3]
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/10/1524
[4]
もっとも、検索後に作品をクリックすると、該当する各国のディジタルアーカイブにジャンプするケースが多く、肝心の「検索以後の統合」は今後の課題である。
[5]
三瓶徹「動き出す国会図書館の「電子書籍配信構想」」ほか参照
[6]
2009年11月5日「日本書籍検索制度提言協議会の設立について
[7]
2007年4月27日文化審議会・過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会における国会図書館の報告
[8]
石井亮平「NHKオンデマンド 著作権等の契約ルールと今後の課題」コピライト2009年5月号、梶原均「報告:NHKオンデマンドの1年」同2010年3月号 参照
[9]
http://www.jasrac.or.jp/profile/outline/index.html
[10]
http://www.bungeika.or.jp/wlistframe.html
[11]
2010年6月28日同懇談会報告
[12]
http://books.google.com/intl/ja/googlebooks/agreement/ ほか
[13]
前掲三瓶、http://www.hummingheads.co.jp/column/seminar/seminar89.html ほか
[14]
たとえば、本稿執筆現在、同サイトで「のらくろ」というキーワードを検索すれば、約80の動画がヒットする。その中には、戦前の「のらくろ」ドラマのレコード盤を音声再生・収録したものや戦前の「のらくろ」無声映画、DVDなどが発売されていない歴代の「のらくろ」アニメや雑誌付録など、入手困難な作品が多数見出される。このように、ユーチューブは現在すでに、動画ばかりでなく(代替的受け皿の不在ゆえに)画像や音源の投稿型アーカイブとしても良かれ悪しかれ機能していることは示唆に富む。
[15]
2010年度国家予算額。

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