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コラム column

2017年3月 7日

その他の知的財産法

〘情報・メディアと知財のスローニュース〙

「今日、あなたのフレーズは出願される
         ~もう商標トロールと本気で向き合う時ではないか?」

弁護士 福井健策(骨董通り法律事務所 for the Arts)

空前の大量出願

騒動にも全くひるむ様子はない。例の「ベストライセンス社」による商標の大量出願である。かつては『あまちゃん』の「じぇじぇ」や『半沢直樹』の「倍返し」。最近ではお茶の間の話題もさらったピコ太郎さんの「PPAP」から、政府肝いりの「プレミアムフライデー」まで。日本中の著名なフレーズが、ある元弁理士と彼の企業によって軒並み商標出願され続けている。その数は年間1万件以上で、日本全体の年間商標出願数の1割にも及ぶという。ざっと特許庁のデータベースを見ただけでも、「君の名は」「POKEMON GO」「民泊」「青空文庫」「自民党」「完全自動運転」と、団体名・作品名・商品名からスローガンまで何でもありだ。「ゲス不倫」などまであって、もう取ってどうする!君それ使って何のビジネスするの?逆に教えて欲しいわ本人達が!と言いたくなる。

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日本中に衝撃が走った「PPAP」出願。既に出願から5ヶ月が経つ。


だいたい他人のフレーズなんて勝手に登録できるのか?と言えば、日本は「登録主義」といって理論上は自分で使っていなくても商標登録できる。ただ、だからと言って普通は大量出願はしない。しない理由は後で述べるように幾つもあるが、ひとつには手数料がかかるのだ。出願は1件に最低12,000円の出願手数料がいる。よって年間1万件なんて出したら1億円を超える訳で、そんなことは通常はしない。ところが、このベストライセンス社は手数料を納付せずに出す。そして最終的にほぼ払込みはしないので、登録には至らない。報道によれば過去の累計10万6000件の出願のうち、登録は7件のみという(東京新聞2017/1/28朝刊)。
ところが、実はその場合もすぐには却下されず、数ヶ月の猶予期間が与えられる。その間、フレーズを他人に商標出願されてしまった団体や個人は当然混乱するし、そもそも、見込みのある有名フレーズなどは却下されても出し直しており、「倍返し」も「じぇじぇ」もいまだに出願中の扱いなのだ。中には、同社から商標の譲渡を持ちかけられた事業者もいる。この記事では経営者本人が「売買目的」と答えたとされており、実際に金銭を払った事業者もいるかもしれない。

広がるトロールビジネスの脅威

報道通りなら、これこそが「トロールビジネス」である。特に特許で有名で、「パテント・トロール」という存在は90年代後半から米国中心で問題化し、日本でもこのところ対策が叫ばれている。典型的には、しばしば安価で世の中の特許を買い集め、そして大企業などを標的にたとえ無理筋でも侵害だという高額訴訟を起こす。特に米国などは訴訟の費用と手間が極めて大きく、かつ万一負けると「3倍賠償ルール」などで賠償金が巨額化しやすい。そこで、持ちかけられた和解金が予想される訴訟コストより低ければ、無茶な要求とわかっていても払うことがある。日本企業も米国ではよく標的とされていて、大問題だ。いわば知的財産権の曖昧さや必然的コストを突いて来るビジネスで、米国では2015年に提起された特許訴訟の実に3分の2がパテント・トロールによるものという報道もある。このトロールビジネス、現在商標や著作権など他の知的財産権にも及んで来ており、問題は拡大の一途をたどっている(こちら8頁など)。

背景は、情報化の進展である。商標でいえばITネットワーク化により、新規ビジネスなど今後流行りそうな用語の候補をいち早く大量にキャッチできるようになった。また、オンライン申請で大量出願も容易である。現に、世界的に商標出願数はこの5年間でも約40%増加している
特に、今後AI化が進化すれば、半自動/全自動で「バズりそうな言葉」を集め出願まで済ませてしまうなどは、むしろ技術的には容易でさえあるだろう(筆者も加わった経産省「第四次産業革命制度検討会」報告書でも触れている)。ベストライセンス社の「ビジネス」はまさにこの情報化の潮流に乗ったもので、彼ら自身がいつまで続けられるかは不明だが、現象として決して軽視すべきものではない。それは理論上は誰でもおこなえ、仮に広がれば少数出願・個別審査を前提とする現行知財制度を根底から揺るがしかねないのだ。

これもまた、ITネットワーク化の「影の部分」と言えるだろう。そこでは情報の流通量・処理量が良くも悪しくも爆発的に拡大し、「商標制度」や「商秩序」といった社会が百年以上かけて築いてきたセーフガードの多くが機能しない。そして我々が事態を把握しそれへの対応を議論している間に、現実は更に次のステージに進んでしまう。
パテント・トロールについては、米国などでも対策の議論が進んでいる。オバマ政権はトロールとの闘いを宣言し、各地で対抗的な訴訟が起こされトロール側が敗訴したり、逆に責任を追及されてもいる。米国政府の対策案は、特許訴訟の提訴ハードルを上げたり、根拠の乏しい訴訟を起こして敗れた側に相手方の弁護士費用まで負担させる「敗訴者負担制度」の導入や、様々なユーザー支援だが、難航も伝えられる(2016年特許庁年次報告書273頁以下)。
特に弁護士費用の点は重大だ。米国は特にばか高くて特許侵害訴訟では平均数億円と言われる。・・・いいな。じゃなくてそれ自体大問題だ。最近ではマイクロソフトによるユーザー支援策も発表されるなど、官民あげて対策が進む。もっとも、2015年にはアップルがパテント・トロールとも見られる権利者相手に740億円の賠償を命じられるなど、状況は一進一退である。また最近は、防御策を固めつつある大企業から中小の事業者・個人への大量請求へと、トロール側の標的も移ってきているとされる(以上についてこちら)。商標・著作権によるトロールなどはまさに「少額大量請求」にうってつけだろう。

どうすりゃいいのか?

では日本の、我々はどうすれば良いか。まず自分達に関わる商標を出願されても、慌てないことだ。特許庁自身が呼びかけを行っているが、こうした商標出願は必ずしも認められる可能性が高くはない。例えば商標法は、著名な他社の商標や他社の業務との混同を招く商標の登録を禁じている(4条1項各号)。明らかに自分の業務に使われない商標も、制度上は登録を認められない(3条1項柱書・商標審査基準第1二。仮に認められても無効・取り消しの対象となる)。加えて、もともとその商標を使用していた「本家」は、万一後から人に商標を取られても自ら従来の利用は継続できる「先使用権」(32条)という制度もある。
それ以前に、あまり知られていないことだが、商標権は他人の登録商標やそれと類似した商標を、自らが「商標的に使う」ことにしか及ばない。だから、例えばピコ太郎さんが「PPAP」を歌うことは制約されないし、他社の登録商標を記事や作品中に登場させるだけの行為に商標権は及ばない。 よって、恐れることは少ないので、間違っても慌てて金を払って商標を買いに行ったりしないことである。それはトロールに次なる活動資金を与えることになるのだ。

日本の対策

ただ、「大丈夫だ」と呼びかけて終わりで良いのだろうか?現に問題の出願は時には繰り返し出し直され、数年もそこにある状況だ。元の団体からすれば不安にならない方がおかしいし、万一印紙代が振り込まれ登録に至らないとも限らない。そして当の自分たちにトロールから賠償金や差止の請求が届くかもしれない。そんなものが年に1万件以上も出願され続けることを「異常事態」というのだ。一番苦しんでいるはずの特許庁自身、恐らく呼びかけだけで済ますつもりはなかろう。
対策は容易でないが、第一に、正当な使用意図がないことは明らかなのだから、問題の会社等の出願は受理しない、若しくは超短期で却下することにもう踏み切るべきではないか。この点、商標法条約に基づく実施規則では「未払いの補正期間は1ヶ月以上」とも読める(第5規則(1))。とはいえ、そもそも現状は半年前後にわたって却下されていないし、真正な使用意思がない場合の却下まで条約が制約しているとは考えにくい。「大量出願と未払いを繰り返すなど明らかに使用意思や登録意思がないものは不受理、又は速やかに却下」という常識的な国内運用を行ったところで、国際社会からの非難など来るはずもなかろう。各国も制度の濫用には頭を痛めているのだ。
第二に、大量の出願と未払いを繰り返すようなケースは、特許庁や相手先事業者への業務妨害罪など刑事での立件を検討するので良いのではないか。そうした出願を繰り返す行為を処罰する反トロール法制の制定も検討されて良い。第三に、民間の支援策の拡充である。例えば制度濫用的な商標出願を発見して警鐘を鳴らす民間の「ウォッチドッグ」や専門家による支援体制、権利侵害保険(E&O保険)の拡充など、取り組むべき項目は少なくない。

最後に、今回一番言いたかったことを書く。「もう取ろうね!」だ。新ビジネスや新商品を発表する時、あるいは自らのフレーズがバズって来るなと思った時、商標出願を済ませよう。何年も、目の上のたんこぶのような無関係な他社の出願を気に病みたいのか。商標出願はそう難しくも高くもない。制度が追いつくまでは自衛しかないのだ。(ちなみに、米国や中国での出願も恐らく多くの読者が考えるよりは安いコストでできる。身近な専門家に相談してみたらどうだろうか。いやいや、あの会社ではなく。)

以上

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