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コラム column

2011年6月30日

著作権契約国際

「オプション・アグリーメントの交渉ポイント
 ~小説を映画化する場合を例に~」

弁護士  松島恵美(骨董通り法律事務所 for the Arts)

クール・ジャパンと言われて久しい。日本の文芸作品や漫画等は、世界中で高く評価されている。日本のコンテンツは、日本のマーケットのみならず、言語や文化の壁を越えて、世界中のマーケットに発信できる力をもっているはずである。

しかしながら、多くのコンテンツホルダーは、これまで日本の中で分かりあえる相手とだけ交渉し、その信頼関係に頼り、何か問題になった場合には、後で協議すればよいだろうと期待する。その結果、契約交渉に必ずしも熱心ではなかった、というのが実情であろう。

そのような「温室育ち」のコンテンツホルダーに、ハリウッドのスタジオから、コンテンツを映画化し、多角的利用を前提とした、規模の大きいオファーが来る。そのような場合、どのような契約交渉をすればよいか。

本稿では、経済産業省「平成22年度コンテンツ産業人材発掘・育成事業」プロデューサーカリキュラム/ユニジャパンに寄せた筆者の原稿の一部を紹介する。

1.オプション・アグリーメントとは

例えば、小説を映画化する場合、ハリウッドのスタジオは、いわゆる原作契約を締結するに先立って、その小説の映像化がビジネスとして成立するかどうかを、ある程度長い期間をかけて、まず検証する。

この点、日本の当事者間では、たとえば半年程度の独占的な検討・開発期間を約束し、検討・開発期間が終わってから初めて正式に原作契約を締結するということも少なくない。また、独占的検討期間を得るのに、支払が伴わない場合も珍しくない。

ところが、ハリウッドのスタジオとの交渉は、多くの場合、まず、オプション・アグリーメントと呼ばれる契約の交渉をすることから始まる。

ハリウッドのスタジオでは、実際の小説の素材を利用して、スタッフを選定し、プロットを作成し、イメージボードを制作するなどし、制作資金を集めるといった作業を行うのが通常である。そのために、ある程度の期間を確保する必要がある。その期間内は第三者に小説の映像化その他の二次利用の権利を奪われないようにしたいが、その一方で、まだビジネスとして成功するかわからない状態で、原作使用料にあたる映像化権料すべてを払うのはリスクがある。

そのような場合に、小説の素材を使って映像化を検討できる独占的な期間、つまりオプション期間を確保して、オプション期間終了時までに映像化するかどうかを選択する権利(「オプション」)を行使できるようにする。このために締結するのがオプション・アグリーメントである。ハリウッドで頻繁に用いられている契約である。

2.オプション・アグリーメントの内容

オプション期間の獲得を希望する当事者(「オプション権者」;ここではハリウッドのスタジオ)は、一定の対価(「オプション料」)を、コンテンツ(プロパティーと呼ぶ)の権利者(「プロパティー権者」;ここでは日本の小説の出版社)に支払う。オプション料は、映像化権料の10%程度、オプション期間は、1年半程度であることが多い。

そして、オプション期間終了時までにオプション権者が映像化を決定した場合、オプション権者はオプション権を行使して、映像化権料を支払う。すでに支払ったオプション料は、映像化権料の一部に充当できるのが通常である。

オプション・アグリーメントに規定されるのは、通常、以下のような内容である。

(1) プロパティーの定義・範囲
(2) Chain of Titleの提出
(3) オプション期間中にオプション権者がプロパティーを利用して行える活動
(4) オプション期間・オプション料 / オプション期間の延長・オプション延長料
(5) 映像化権料(およびオプション料の充当)
(6) オプション行使の結果獲得する権利(映像化権)の範囲・内容
(7) プロパティー権者に留保される権利
(8) 著作者人格権の不行使 あるいは クリエイティブ・コントロール
(9) 制作された映像の権利帰属
(10) プロパティー権者への追加支払い
(11) プロパティー権者による表明・保証
(12) 免責・補償条項
(13) 救済手段の制限
(14) 一般条項(不可抗力、完全合意、準拠法・紛争解決、譲渡禁止等)

つまり、オプション・アグリーメントは、映像化を検討している者に対して単に独占的な検討期間を与えるだけの契約ではなく、オプション権が行使された後に制作される映像の権利帰属・利用形態、経済条件等がすべて網羅されている、いわばプロパティーの今後の運命を左右しかねない、重要な契約なのだ。

そして、場合によっては、プロパティーに関するあらゆる利用が、プロパティー権者からはく奪されるような規定となっていることもあり、契約の締結にあたっては細部まで注意が必要である。

3.交渉ポイント

(1) プロパティーの範囲

映像化権の対象となるプロパティーの範囲は、(i)コンテンツに含まれるキャラクター、テーマ、ストーリーライン、風景、プロット、セリフ、衣装、などの要素だけでなく、(ii) 今後当該コンテンツに関して執筆される前篇、続篇、リメイク、スピンアウト(一部のキャラクターにスポットをあてた別ストーリー)その他のバージョンとこれらの上記要素も含む、と規定されている場合が多い。

この規定をそのまま見逃してしまうと、当該コンテンツやその派生作品について、今後一切利用できない事態になりかねない。

すなわち、オプション権行使の結果付与される映像化権は、制作した映像を、全世界において、永遠に、あらゆる媒体においてあらゆる形態の利用ができる権利と規定されていることが多い。

そうすると、コンテンツである小説が、今後シリーズ化し、多くの前篇、続篇やスピンアウト作品が執筆された場合でも、すべての映像化権とそのあらゆる利用権は、このたった1通のオプション・アグリーメントによって、オプション権者であるハリウッドのスタジオの手中におさまってしまう。すなわち、プロパティー権者である小説の出版社は、今後一切、この小説について、第三者と映像化の話、商品化等の二次利用の話ができなくなってしまうのだ。

映像化権料とのバランスにもよるが、どの範囲まで、プロパティーの映像化権を渡すのか、プロパティー権者として、慎重に検討すべきであろう。


(2) オプション権行使によって付与される映像化権の内容

(a) 地域・言語・期間

ハリウッドのスタジオが提示するオプション・アグリーメントでは、映像化権は、地域、言語、期間の制限なく付与される旨規定されていることがほとんどである。

もっとも、プロパティー権者の現在または将来的な利用のために、地域、言語、期間を制限する交渉の余地は十分ある。かかる場合には、全世界・あらゆる言語・永遠の場合に比べ、制限に相応の減額された映像化権料について交渉することとなるだろう。

(b) 権利の内容

映像化権の内容は、プロパティーを利用した映像の制作と、制作した映像(「本映像」)のあらゆる媒体・あらゆる形態による利用権を含むが、これに加えて、本映像の前篇・続篇・スピンアウト、リメイク等の派生的作品の制作およびそのあらゆる媒体およびあらゆる形態による利用権を含む場合もある。

映像の制作については、アニメや実写、コンピューター・グラフィック等の形態の区別なく原則として映像化権に含むとされるが、プロパティー権者の現在・今後の利用のために、一部の形態を制限する交渉は可能であろう。

プロパティー権者としては、次項に述べるように、自らコントロールしたい利用形態については、映像化権に含めず、自ら留保するよう交渉すべきであろう。

また、映像化権には今後開発される全ての媒体における利用も含む、と規定されることが多いが、新たな媒体については都度交渉を必要とするよう提案して交渉を試みることは可能であろう。


(3) プロパティー権者に留保される権利

オプション権の行使によって、映像化権をオプション権者に付与する場合でも、プロパティー権者は、自らコントロールしたい利用形態については映像化権に含めず、自らに留保していることを明記するよう、交渉すべきである。また、すでに映像作品が存在している場合も、その利用について留保されることを明記することも必要である。

小説の場合、プロパティー権者(出版社)に留保される権利として、たとえば、小説の出版権、翻訳権、電子出版権、オーディオブックの出版権、舞台化・上演権、前篇・続篇等を執筆して二次利用する権利等を明記する例もある。もっとも、前篇・続篇を執筆して二次利用する権利は、オプション権者の映像化権と競合する場合があるので、権利行使期間について一定の制限(ホールドバック)や範囲の制限を求められる場合がある。

また、プロパティー権者が、オプション権者の本映像の利用形態の一部について、優先交渉権・最終拒否権を獲得するような交渉も可能である。

たとえば、本映像の脚本やノベライズの出版については、少なくとも日本において、出版社であるプロパティー権者が優先交渉権をもつ、といった提案をすることが考えられる。


(4) 著作者人格権の不行使

経済的権利である著作権に関しては、映像化権の付与によって、オプション権者は映像の制作と自由な利用が可能となる。

しかし、著作権上改変自由であることが前提であっても、プロパティーの作者(小説家)の著作者人格権(特に、同一性保持権:意に沿わない改変に異議を申し立てることができる)を行使すれば、オプション権者の本映像の制作・利用に何らかの制限を課すことができる。したがって、著作者人格権の扱いについては、プロパティー権者(出版社)にとってオプション権者との大きな交渉ポイントとなる。

オプション権者としては、高額な映像化権料を支払う以上、創作面も含め、自由に制作して利用を行いたいと考える。そこで、著作者人格権を行使しないことを、プロパティー権者に求めることとなる。

これに対して、プロパティーの作者には、作品への思い入れがある。その世界観や基本的意図が、第三者による映像化およびその広範な利用によって長きにわたって損なわれることは耐えがたい。そのような作者のため、プロパティー権者(出版社)は、作者によるクリエイティブ・コントロールを行うことを、映像化の条件とすることを交渉することとなる。


これは、いずれも、オプション権者による著作者人格権不行使同意の要請と真っ向から対立する事項であるが、オプション権者にとってプロパティーの価値が極めて大きく、代替性がない場合、プロパティー権者には交渉の余地が大いにあるといえよう。

同時に、クリエイティブ・コントロールをある程度確保しておけば、広範な映像化権を半永久的に付与することとなるオプション権者に対し、今後のプロパティーの映像化を安心してゆだねることができる。

逆にいえば、クリエイティブ・コントロールがなされずに広範な映像化権だけ与えてしまった後では、今後自らまたは第三者による新たなプロパティーの映像化は望めない状況のなか、プロパティーの作者の意思に沿った活用が図られないこととなってしまうのだ。


(5) 映像化権料・追加支払

オプション・アグリーメントにおける映像化権料は、プロパティーの映像化権付与の対価のみならず、本映像の利用の全ての対価をも含むケースが多い。そのような場合、プロパティー権者への追加支払いは原則として規定されない。

しかしながら、(a)二次利用に応じた追加支払、(b)一定の収益に応じたボーナス的追加支払、(c)新たな種類の映像(続篇・リメイク等)を制作する場合の追加支払などについて交渉すれば、これが規定される場合もある。

この点は、プロパティーの範囲、映像化権の範囲(留保される権利との関係)等を考慮のうえ、プロパティーの収益力を盾に交渉することが可能な点といえよう。


以上、原稿の一部の紹介ではあるが、詳しくは、経済産業省「平成22年度コンテンツ産業人材発掘・育成事業」プロデューサーカリキュラム/ユニジャパンを参照されたい。


コンテンツホルダーなら、コンテンツを大切にしたいと誰もが思うであろう。その想いは、契約の規定の中に反映して初めて実現できることを忘れないでいただきたい。

なお、本稿に記載したオプション・アグリーメントの内容や交渉ポイントは、いくつかの実際の取引をベースにしている。言うまでもないことだが、提案内容や交渉ポイントは、コンテンツの種類や性質によってさまざまであるので、本稿に記載したことが必ずしもあてはまらない場合もある。

実際の契約交渉においては、この分野に詳しい専門家のアドバイスを得て、専門家を通じてコンテンツの特質に応じた交渉をすることをお勧めする。

以上

※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
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