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コラム column

2016年3月29日

契約著作権法

「改めて、パブリックドメイン論。『三文オペラ』上演中止問題を契機に」

弁護士 福井健策(骨董通り法律事務所 for the Arts)




以下は、日本劇作家協会会報『ト書き』連載中の「演劇×著作権×法律」コラムですが、問題への関心の高さに鑑み協会の了解を得て加筆掲載します。



宮崎県立芸術劇場の、『三文オペラ』上演中止問題から始めよう。
既に報道されたのでご存知の方も多いだろうが、事案の概要はこうだ。九州中から選ばれた俳優により宮崎県立芸術劇場で上演(その後、神奈川・福島など巡回)予定だったブレヒトの代表作『三文オペラ』が去る2月5日、初日開演10分前に満員の観客を前に「権利関係者との調整がつかなかった」という理由で中止を発表されたというもの(「『三文オペラ』公演中止のお詫びとお知らせ」)。
10分前の全面中止となると、(舞台上の事故やコンサートでの本人ドタキャンを除いて)筆者もあまり経験がない。当然ながらネット上では演劇関係者を中心にこの話題が駆け巡った。特に、「三文オペラといえば、ブレヒトも作曲のクルト・ヴァイルも著作権は切れているはずなのに、なぜ公演中止の通告などが起きるのか」という声が強かった。
ここで「権利関係者」とはドイツで両者の著作権を管理する『ズールカンプ』という会社で、確かにドイツでは著作権の保護期間は死後70年と長いので彼の地で著作権管理は行っているらしい。しかし、日本の現行法では両者の著作権は(後述する「戦時加算」を勘案しても)消滅しており、上演するのが日本である以上、あくまで日本法で保護期間は考える。確かに上演に「著作権者の許可」は不要だ。
その後、3月5日、宮崎県立劇場は館長名義で、ズールカンプ社を日本で代理していた著作権事務所に対する質問書を公表した(「『三文オペラ』公演中止後の対応についてのご報告」)。同劇場のHP上で公開されているので、上演中止への思いなど詳細はそちらを参照されたいが、要旨は次のようなものだ。



①著作権事務所から、上演権を管理しているのはズールカンプ社だと告げられた

②ズールカンプ社から、「当社が著作権者で、日本での上演権を管理している」と記載のある上演権契約書を提示されて締結し、著作権事務所からの請求書に基づいて上演権料を支払った

③その契約書には、別な指定業者から楽譜を有料レンタルすることを義務づけ、その楽譜通りの編成で生演奏するように求める条文があった

④(現代的アレンジの上演なので当然と言えば当然だが)楽譜通りの生演奏は出来ないと告げると、強く中止を要求された

⑤しかし中止後の調査で、ブレヒト・ヴァイル共に日本で上演権を含む著作権が切れていることが判明し、JASRACのデータベースにもその旨明記がある。なぜ、上演権契約書を求め上演権料を請求したのか

⑥また、作品は国や民族の違いに応じて変更を経て生き続けて行くものだと思うが、どんな根拠と目的でレンタル譜面通りの演奏を義務づけたのか



JASRACデータベース「J-WID」上の『三文オペラ』データ
JASRACデータベース「J-WID」上の『三文オペラ』データ。「(著作権)消滅」と明記がある。


上記に対する著作権事務所の返答は、「質問にお答えできる立場にないので、ズールカンプ社に直接問い合わせて欲しい」という数行のもの。宮崎県立劇場はこれを受けて、「誠意ある回答を求めると共に、近い将来著作権の問題のない形で『三文オペラ』を上演すべく、努力を続ける」として、質問書の公開に踏み切っている。

さて、筆者は宮崎県立劇場から公演中止後に相談を受けて、著作権についてアドバイスをしているので、本件の内容についてコメントすることは控えるが、関係者の思いが詰まった『三文オペラ』の上演が一日も早く実現することを願わずにはいられない。
本件では劇場側も、質問書で知識不足への反省を述べていたこともあり、この機会に著作権消滅(パブリックドメイン)ということについて再度考えてみよう。著作権には期間というものがあり、これが終われば誰でも自由に作品を利用できる。この状態が「パブリックドメイン(PD)」だ。日本での原則は下記の通り。生前を仮に30年と見れば約80年の保護で、これは既に特許の4倍なのでかなり長めだ。

原則 著作者の生前、及び
死亡の翌年から50年間
匿名・ペンネーム・
団体名義の場合
公表の翌年から50年
映画の著作物 公表の翌年から70年(2004年より延長)
※映画は旧著作権法によって更に長期の可能性あり
戦前・戦中の欧米
(連合国)作品
「戦時加算」による延長
著作隣接権 実演、レコードの発行、放送、有線放送の翌年から50年


「著作権と上演権は別だ」「グランドライツは別だ」といった誤解が時々見られるが、これらの権利も著作権の一部なので、パブリックドメインになれば全て消滅する。よって上演利用は当然自由だ。出版も、ネット配信も、映像上映も同様である。例えば今年から谷崎潤一郎と江戸川乱歩の保護期間が切れたので、既に両者の作品の電子出版などが相次いでいる。

一点気をつけたいのは「著作者人格権」だ。著作者に一身専属の人格的な権利で、本人の意に反する改変などは人格権の侵害でもある。著作者の死後も人格権の侵害にあたるような行為は禁じられているし、これはPDかどうかとは一応別の問題。だから死後あまり時をおかずに大胆な脚色やアレンジを加える時は注意したい。
ただし、こちらも時間の経過など社会情勢の変化で保護が弱まっていくことは著作権法に明記があるし(60条)、差止などの主張が出来るのは孫までの遺族など限定されている(116条)。そもそも遺言などない限り、「故人の意に反する改変である」ことを遺族が証明するのはそう容易ではない。そのためもあって、パブリックドメインになった後の作品で、人格権侵害が認められた事例はほぼ見当たらない。
(なお、『三文オペラ』の件でも著作者人格権が問題ではという指摘が見られた。しかし、近しい遺族が「改変を許す見返りに対価を求める」という例ならまだしも、宮崎の件ではドイツの会社は改変を理由に上演を中止させている。とすると「改変の対価」でもなかったことになり、やはりPD作品について契約と支払を求めた違和感は際立ちそうだ。)

もうひとつ、「貸譜」の問題も説明しておこう。『三文オペラ』の事件でも登場したが、オーケストラ譜面などは膨大なので、専門の業者が管理しておりレンタルして利用することがある。この時にレンタル契約書を交わすのだが、その契約書の中で「アレンジ禁止」とか「指定の用途以外での追加支払」といった条件が付されることがある。ちょっと著作権と類似の権利があるような記載ぶりだが、これはあくまでレンタルの付帯条件。つまり契約だ。
しかし当然だが、例えばPD作品を演奏する時に特定の者から譜面をレンタルしなければならない義務はないし、現代ではPD作品の譜面はネットなどで提供されているケースも多い。その意味で、高額な使用料と厳格な拘束を利用者に課して来た貸譜ビジネス自体が、転機にあるとも言えそうだ。

パブリックドメインとは、先人たちの文化遺産が社会の共有財産になることを意味する。シェイクスピアやチェーホフを例に挙げるまでもなく、それは次なる創作の大きな源泉であり、先人たちの幾多の傑作もそうして生みだされて来た。そもそも『三文オペラ』自体が、下敷きとなったジョン・ゲイの『乞食オペラ』がなければ世に生まれていない。
また、PDは、市場で流通せず散逸や忘却の危険にさらされる大多数の作品を守り伝える、演劇博物館や「青空文庫」のようなアーカイブ活動にとっては生命線とも言える存在だ。

折からTPPによって保護期間の20年延長が近づいている(ただし、乱歩のように一度切れた作品が遡って復活することはない)。パブリックドメインの価値と向き合い方、そして正しい著作権などの情報とサポート体制の必要を改めて考えさせる、今回の事件だった。

以上

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