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コラム column

2020年10月30日

裁判

「裁判官から見た、効果的な主張書面の書き方とは」

弁護士  寺内康介 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

■ はじめに

 筆者は足掛け10年の裁判官生活を経て、エンタテインメント弁護士の世界に身を投じました。このうち2年間は、訟務検事として国が関わる訴訟事件の代理人をし、その後に裁判所に戻ったこともあり、効果的な主張書面(訴状、答弁書、準備書面)について考える機会は多かったと思います。
 裁判官の業務実態や考え方はあまり知られていないところもありますので、これらも踏まえ、効果的な主張書面の書き方について考えてみたいと思います。

■ 主張書面の読み手は裁判官

 まずは大原則です。訴訟の勝敗を判断するのは裁判官ですから、訴訟における説得の相手は裁判官です。契約交渉や訴訟前の交渉では、相手方との力関係や業界の慣行によって物事が進んでいたものが、訴訟というステージに移った時点で、判断権者が裁判官に変わることになります。これは実は大きな変化です。
 裁判官に主張の正当性を理解してもらうためには、裁判官の考え方を理解し、読み手にとって説得的な主張書面が求められます。

■ 序盤の書面の重要性(裁判官の心証形成時期)

 主張書面の中でも、訴訟序盤で提出される書面は特に重要な意味を持ちます。これは、裁判官の「心証」の形成時期に関係します。
 裁判官はいつ心証を形成しているでしょうか。判決や和解協議の直前でしょうか。
 実は裁判官は、訴訟の冒頭、訴状を読み始めた段階から徐々に心証形成を始めています。驚かれるかもしれませんが、訴訟のかなり早い段階で判決を書き始める裁判官もいます。これはその後の主張を見ることなく判決をしようとしているのではなく、争点を理解し、どの部分の主張、立証が不十分かを確認するための作業といえます。裁判官は判断をすることが仕事ですので、訴訟が判決を書ける状態にあるか、そうでなければどのような争点整理をすれば判決を書ける状態になるかを常に考えています。
 ここで気をつけなければいけないのは、一度心証が固まってしまうと、それを動かすのは難しいということです。心証が固まった後に出された主張は、その心証が誤っていないかという観点で読まれてしまいます。もう少し踏み込んでいえば、固まった心証と異なる主張は、その主張を排斥できるかという観点で読まれてしまう可能性があります。これでは説得力が全く違います。
 筆者は裁判官なりたての頃に、「人は見たいと欲するものしか見ようとしない」というカエサルの言葉を引き合いに、裁判官が結論を決めたときに、これに反する事実、証拠が目に入らなくなるという危うさを教わったことがあります。この言葉を実感する機会は何度もありました。
 もちろん訴訟戦略はあるものの、基本的には、心証が固まる前、裁判官がまだ悩んでいる時点で適確な主張・立証をしておく必要があるといえます。
 それでは、訴訟の序盤で提出される各書面についてもう少し具体的に見ていきます。

■ 訴状~答弁書~原告準備書面1

訴訟の序盤では、これら3つの書面が提出されます。

(1) 訴状

 訴状は、裁判官に請求認容までの道筋を示すものです。訴状をみて認容判決が書けるイメージがわかないものは、その後も原告には苦しい展開となることが多いです。
 ここでポイントとなるのは、「法的構成」と取り上げる「事実」の選択です。現実にある様々な事実から、どの法的構成を選択するのか、どの事実をどの要件に結びつけて主張するかは、高い専門性を要する非常に重要な作業となります。事実の側からみてどの法的構成が適しているか、逆に法的構成の側からみて主張する事実は十分か、それに対する証拠は十分か、これらは裁判官が認めやすいものか、といった点を検証することになります。
 この法的構成と事実の選択が十分にできていれば、説得的な書面といえます。逆に、被告側のよくない事実はたくさん挙げられているが、その法的位置づけがあいまいなもの、法的構成はしっかりしているが、その要件該当事実が薄いものは、説得力が落ちるといえます。ただし、実際の事件はそれほど都合よく当てはまるわけではありません。足りない部分はどうしても生じるため、どこまで幅広に主張をするかなど工夫をしながら主張を組み立てることになります。
 裁判官は、訴状からたくさんの情報を受け取っています。法的構成に無理がないか、予想される被告の反論から、証拠がありそうか、最終的な立証可能性まで考えています。訴状では、裁判官に安心して認容判決を書けると思わせることが1つの目標といえます。

(2) 答弁書

 訴状に対して、被告は答弁書(又は被告準備書面1)で、認否と被告の主張を出します。 認否は根気のいる作業となりますが、とても重要です。ここで認めた事実は、「当事者間に争いのない事実」として判決の前提となります。
 答弁書を受け取った裁判官は、訴状(のコピー)に、被告の認否を○(認める)、△(不知)、×(否認)として書き込むなどしています。裁判官にとっても根気のいる作業ですが、この作業により争点が浮かび上がります。また、裁判官側からみると「意外にここを認めるのか」と思うこともあり、それが判決に影響することもあります。もちろん、何でも否認すればよいというものでなく、否認する説得的理由が必要です。無理な否認は簡単に原告に崩され、全体として信用性を失うことになります。
 被告の反論部分は、判決でどのように棄却してもらうかを意識することが有用です。訴状の主張の裏返しで、現実にある事実(例:被告が支払を拒否する理由、原告の行動の問題点等)から、どのような法的な構成を選択するかという、高い専門性が要求される作業となります。
 何を争うか、つまり争点の設定は被告側が行うものですから、最初の争点設定は重要です。しかも、(提訴前交渉がある場合もありますが)被告側は、提訴をされてから時間のない中でこれら行う必要があるため、いきなり山場がくることになります。

(3) 原告準備書面1

 次に、答弁書の被告主張に対する原告の認否、反論の書面(原告準備書面1)が出て、訴訟のおおまかな形が形成されます。
 ここまでの3つの書面は訴訟の基本を形作るものであり、裁判官の心証を序盤で引きつけておく意味で特に重要な書面となります。
 また、裁判官には異動があります。通常2,3年のペースで異動がありますから、訴訟の途中で裁判官が変わることは珍しいことではありません。異動をしてきた裁判官は手持ちの全事件の記録をいちから読み始めます。前任の裁判官は引き継ぎメモを残すなどしますが、記録を読まなくてもわかるメモを残すことは現実的に不可能です。異動をしてきた裁判官は、全ての事件の全ての書面を同じ丁寧さで読む時間は到底なく、強弱を付けて読むことになります。その際に、訴訟の序盤に出ている上記3つの書面には、特に注目しています。このような観点でも、訴訟序盤の書面は重要な意味を持ちます。
 次に、書面全体を通じて、どのような書面が説得的かを考えていきます。

■ なるべく短い書面とする(裁判官が記録読みにかけられる時間)

 筆者の経験では、長い書面を好む裁判官に会ったことはありません。必要なことさえ書かれていれば、短い書面が好まれることは確かでしょう。
 これには単純な読みやすさだけでなく、裁判官が一件の記録読みにかけられる時間にも関係します。
 例えば、筆者が所属した2018年~2020年当時の、東京地裁民事部の一般的な裁判官の手持ち事件数は、150~250件程度でした(通常部、右陪席の単独事件)。手持ち事件が150件なら「余裕がある」と思われる世界ですが、それでもかなりの数です。
 もう少しイメージをするために、右陪席裁判官の週のスケジュールをみてみましょう。
 割と多く見られるパターンは、週に3日は単独事件の期日(法廷など)を集中的に入れ、残りの2日を合議事件(裁判官3人で担当する事件)用に空けておくというものです。単独事件用の3日は朝から夕方まで、ほぼ隙間なく期日が入ります。合議事件用の日はまちまちですが、尋問があると長時間が埋まります。
 そうすると、記録を読めるのは必然的に、週2日の日中のうち合議事件が入らない時間帯と、毎日の夕方以降、となります。週の単独事件の期日は30以上はあるでしょうから、期日に向けて30件以上の記録を読んでおく必要があります。新しく出た書面だけを読めば理解できる場合は少なく、少し前に出た書面のおさらいから始まることも多いのです。自ずと一件当たりに使える時間の少なさが見えてきたと思います。
 なお、上記からは肝心の判決を書く時間が抜けています。判決の多い裁判官、和解の多い裁判官とタイプは分かれますが、判決は月に3、4本は書くイメージです。いつ書いているかはこれ以上踏み込みませんが、特に若手裁判官の間では、かなり深刻に、判決起案の時間をどう確保していますか、といった話題が出たりします。
 こうしてみると、主張書面の短さ、わかりやすさは裁判官に主張を理解してもらうために必要なことであると理解できます。もちろん、複雑な事件でどうしても長くなってしまうことはあります。しかし、必要以上に長くなり、重要な主張が埋もれてしまわないように意識する必要がありそうです。

■ 裁判官を置いてけぼりにしない(裁判官が得られる情報)

 裁判官は、想像以上に少ない情報の中で判断をしています。というのも、裁判官が事件について仕入れる情報は、訴訟当事者から提出される書面、証拠のみだからです。
 それぞれの当事者にとって都合の悪い情報は出て来ませんし、何より、訴訟当事者にとって当たり前の情報は意外と抜け落ちることが多く、裁判官が置いてけぼりになることがあります。
 どこまでの情報を伝えるべきかの見極めは難しい問題がありますが、少なくとも、その業界について事前知識のない裁判官が、書面だけを読んで主張を理解できるか、という点は常に意識しておいた方がよいことといえます。

■ 書証との関係を明確に(判決に必要なもの)

 主張書面は、主張を認めてもらうために裁判官を説得する書面です。そのためには、正しいと思う主張を裁判官にぶつけるだけではなく、安心して判決が書ける材料を提供しなくてはなりません。そのために裁判官が一番ほしいものは何でしょうか。
 判決は特殊な世界です。漠然と結論を考えていても、いざ判決にしてみると書けないこともあります。普通に判決を書いたらこうなるが、果たしてそれでよいかと悩むこともあります。この悩みに直面する一例は、「たしかに真実はそうかもしれないが、証拠がない」という場面です。
 そのため、主張書面では、どの証拠からどの事実が認められるかを示すことが必要です。認定してもらいたい事実ごとに証拠を記載することは基本となります(民事訴訟規則79条4項)。
 また、わかりやすい書証の読み方や、ある事実がなにを推認するかも記載しなければ伝わらないこともあります、書証をどう読めばよいのかわからない経験をしている裁判官は多いと思います。さらに、その書証がどのような経緯が作られたかも書証だけではわからないことも多いので、必要に応じて伝える必要があります。
 これらをうまく伝えるには、裁判官がどのように事実認定をしているかを理解している必要があります。事実認定については、また別の機会にお伝えできればと思います。

■ おわりに

 主張書面の善し悪しは、訴訟の勝敗を左右するものです。また、突き詰めれば事件におけるウィークポイントに気づくことにつながります。これは決して悪いことでなく、気づくことで対策を立てることもできますし、紛争解決の仕方を考えることにもつながります。
 訴訟活動には、今回取り上げた主張書面の提出だけでなく、立証活動、和解協議、尋問、上訴審など様々なトピックがあります。エンタテインメントの世界でも、裁判はますます重要。今後も、より効果的な訴訟活動のサポートを行うことを宣言し、コラムを閉じたいと思います。

以上

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