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コラム column

2018年4月13日

著作権裁判国際教育IT・インターネットバラエティIT法

「スタンフォードの(強)風に吹かれて
       ~ロースクールの授業の一コマをお届けします~」

弁護士  鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

*留学に伴い弁護士登録抹消中

● スタンフォードにて

ご無沙汰しております。鈴木です。
私は、昨年の夏から、アメリカ西海岸にあるスタンフォード大学のロースクールに留学しています。スタンフォード大学というと、故スティーブ・ジョブス氏が卒業式で有名なスピーチをしたことを思い出される方も多いかもしれません。シリコンバレーのお膝元という場所柄、世界屈指のエンジニアリングスクールを中心に、ITやテクノロジーに関する最先端の研究が盛んに行われています。ロースクールでも、理系のバックグラウンドやプログラマーとしての職歴をもつ生徒も珍しくなく、授業もAI(人工知能)やインターネットにおける表現の自由などの旬な話題を取り扱うクラスが多いことも特徴的です。
実際にどんなところなの・・・?というと、こんなところです。

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(LLMコースのクラスメートと大学のシンボル・フーバータワーを背景に)

青空に緑あふれるキャンパスで、さぞかし楽しい学生生活を謳歌していると想像されるかと思います。わたしも、留学前は、そのつもりでした。が、そう言い切れないのが実情です。なぜかというと、勉強量(とくに予習の量)が膨大で、思っていた以上に多くの時間を、図書館と寮の勉強机の前で過ごさざるを得ないのです。何をそんなに勉強しているのかというと、主に、判例を読んでいます。アメリカは判例法の国、といわれるように、議会のつくる成文法のほか、裁判所の出す判決が法的ルールづくりにおいて、重要な地位を占めます。そのため、ロースクールの授業も、科目ごとに大量の裁判例を掲載した分厚いケースブックに沿って授業が行われます。日本の大学のように、授業中に先生から判例の内容を教えてもらえるわけではなく、予習の段階で生徒が事前にケースブックの該当箇所の判例を各自検討し、議論の準備ができていることが前提とされます。スタンフォードでは、ほぼ全てのクラスで、わたしのような海外からの留学生(LLM生)と、3年間でJDという学位の取得を目指すアメリカの学生(JD生)が一緒に授業を受けます。そして、人数的に多数派のJD生の能力(英語力も含む)を想定してカリキュラムが組まれているため、分からない用語を辞書で調べながら判例を読んでいると、あっという間に日が暮れてしまいます。と、愚痴めいてしまいましたが、今回のコラムでは、アメリカのロースクールの学生が弁護士になるために日々どのような勉強をしているのか。その勉強の中心となる裁判例を通じて、奮闘中の留学生活の一端をご紹介できればと思います。

● 「著作権法」の授業の一コマから
   ~Goldman v. Breitbart News Network, LLC事件~

冬学期(1月から3月)に、待ちに待った著作権法の授業を受けました。多くの裁判例を検討しましたが、その中でも実務へのインパクトが懸念される判決として、Goldman v. Breitbart News Network, LLC事件のSummary Judgementを検討しました。このGoldman事件は、岡本弁護士が早速3月のコラム(「岡本コラム」)で紹介していたもので、その概要や日本の実務との比較などは岡本コラムを参照して頂くと分かりやすいと思います。ここからは、アメリカのロースクール生の視点で裁判例を読むということで、やや込み入った議論(*1)が続きます。お付き合いいただけるとうれしいのですが、もしGoldman事件については概要をおさえられれば十分という方は岡本コラムをご参照の上、下の方にある犬の写真のあたりから読んで頂ければと思います。

(*1)  アメリカの裁判例を検討していると、いくつもの別の裁判例に話が飛ぶため、混乱してしまうことが、しばしばあります。裁判例の重要性の観点からは、その判決が、過去の裁判例に沿った判断であることを示したり、過去の例とは違う判断をするためには、説得的な理由を述べることが必要であるため、仕方ないのですが...。そのあたりの悩ましさも含めてお伝えできればと思います。


・どのような事案か

まず、どのような事案だったかというと、ボストンを拠点とするNFLプロアメフトチームのPatriotsのクォータバックのTom Brady(人気・実力ともにピカイチのスター選手)が、同じくボストンを本拠地とするNBAプロバスケチームのCelticsのGeneral Managerと並んで歩いている姿を、原告(カメラマンのGoldman氏)が写真におさめ、これをSnapchatのマイストーリー(*2)で共有しました。

(*2)Snapchatは、ユーザーがそれぞれ設定した秒数に応じて、友達にチャットで送信した写真が消滅するのが特徴のソーシャルメディアです。写真が数秒で自動的に消滅するので、後から恥ずかしくなってしまいそうな写真や面白く加工した画像を、気軽に共有でき、アメリカのミレニアル世代を中心に人気があります。マイストーリーに追加した画像については、通常のチャットでやりとりする画像と異なり、24時間以内であれば、そのユーザーの友達は回数制限なく閲覧することができます。なお、友人が投稿した画像をダウンロードする機能は搭載されていないものの、スマートフォンでスクリーンショットをとって保存することは可能です。この後でてくる、画像の投稿も、そのような経緯により行われたものと考えられます。


その後、原告の写真を見た数人の友人が、別のソーシャルメディアを経由したうえで、ツイッターにこの写真を投稿したところ、"Viral"(SNS上で話題騒然)となりました(*3)。この話題のツイートを、被告のオンラインメディア数社は、自ら運営するニュースサイトやブログに、embed(埋め込み)の方法で掲載しました。埋め込みの技術についても岡本コラムの説明がわかりやすいのですが、ざっくり言うと、原告の写真を含むツイートを対象とする埋め込みコードを、被告サイトのHTMLに追加することにより、自分のサーバーに保存していないコンテンツ(ツイート画像)が、あたかも自分のサイトの一部として表示されるようにしました。ツイート画像との関わりとしては、被告は、(ツイッター社が公開している)埋め込みコードを通じて、ユーザーが直接ツイッター社のサーバーにアクセスしてツイート画像を閲覧するための通り道をつくったにすぎません。著作権法の授業の講師であるSaid教授は、「被告は、鏡を使って、ツイッター社の方向からきた光を反射して別の方向にいるユーザーに届けているだけで、自分自身は光っているのではない」などと説明していて、なるほどなと感心しました。

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(*3)余談ですが、なぜ、Tom BradyがCelticsのGMと並ぶ写真が話題になったかというと、当時、Celticsは、NBAのスター選手Kevin Durant選手の獲得に名乗りを上げていました。そして、原告が撮影に成功したツーショット写真が、「CelticsとDurant選手の個別面談の際に、ボストンを拠点とするNFLスーパースターのTom Bradyが同席して、その交渉に一役買うのではないか」という憶測を呼び、話題となったようです。わたしには、正直ピンとこなかったのですが、アメリカの学生いわく、アメリカのスポーツファンに間では、注目の話題だったそうです。


・原告の言い分:写真の展示権が埋め込みにより侵害された

原告は、被告によるツイート画像の埋め込みが、展示権(Right to Display)を侵害すると主張しました。

・被告の言い分:「サーバーテスト」によれば侵害行為ではない

これに対して、被告は、事実関係を一切争わず、後述する「サーバーテスト」に従えば、被告の行為は展示権侵害には当たらないと反論し、Summary judgement(*4)を求めました。

    

(*4)Summary judgementとは、重要な事実関係に争いがない事案で、当事者の主張する法律問題だけで解決できる場合に、正式な事実審理を経ずになされる判決のことをいいます。


【サーバーテストとは】
サーバーテストとは、2007年に、Perfect10 vs Amazon事件の判決で採用された基準で、展示権その他の著作権の侵害の成否を、「被告がコンテンツのコピーを、自身のサーバーに保有しているか否か」により判断するものです。このPerfect10事件では、Googleが当時提供していた画像検索サービスが、画像の展示権を侵害するかが争われました。そのサービスでは、ユーザーが検索したい画像に関連するキーワードを入力すると、該当するサムネイル画像の一覧が表示され、ユーザーがその一覧から特定のサムネイル画像を選んでクリックすると、フルサイズの画像が表示されました。具体的には、①Googleのサーバーに保存された「サムネイル画像」と、②第三者のウェブサイトに掲載された「フルサイズ画像」の2種類の画像の侵害の有無が問題となりました。(カリフォルニア州を管轄する)控訴審は、サービスの運営者自身のサーバーに画像が保存されているか否かに着目し、①サムネイル画像について、Googleによる展示行為があると認める一方、②フルサイズの画像については第三者のサーバーに保存されたものが、埋め込まれているにすぎないため展示権侵害とならないと判断しました。なお、最終的には、①サムネイル画像についても、フェアユースにあたるとして、Googleの責任は否定されました。

話をGoldman事件に戻すと、被告は、このサーバーテストに従えば、自分たちのサーバーに保存していない画像について、展示権侵害の責任は負わないはずだと反論しました。

・ニューヨーク地裁の判断

Goldman事件において、ニューヨーク地裁(Southern district)はサーバーテストの適用を否定しました。
まず、著作権法の文言にも立法経緯にも、コンテンツの保有が展示権侵害の要件として示されておらず、にもかかわらず、サーバー内のコンテンツの所在・保有の有無を要件として求めるのは、展示権と複製権を混同するもので正しくないと、サーバーテストを批判しました。 次に、仮にサーバーテストが正しい解釈であったとしても、本件には適用させるべきではないと裁判所は考えました。というのも、上記Perfect10事件では、被告(Google)のサービスは検索エンジンであり(ユーザーが次から次へとウェブサイトを進んでいくのをGoogleは補助するに留まり)、かつ、画像の表示前にユーザーがクリックするという積極的な選択が介在するという特徴がありましたが、本件ではユーザーによる行為を一切介在せずに画像が表示されている点で事情が大きく異なるからです。よって、サーバーテストを本件にまで拡大して適用すべきではないと限定的に判断しました。

・ニューヨーク地裁のロジックは如何に?

ニューヨーク地裁は、むしろ、別の裁判例、American Broadcasting Cos., vs Aereo, Inc.事件の考え方を採用しました。本件Goldman事件とは、問題となっているサービス・権利が異なるものの、裁判所は、Aereo判決の示した、「侵害行為と同様の機能を持つサービスは、ユーザーに見えない技術の違いにより免責されるべきではない」という考え方を踏襲しました。

【Aereo事件】
Aereo事件では、最高裁は、被告(Aereo社)が、地上放送のテレビ番組をほぼ同時にインターネット配信するサービスを提供したことが、番組の実演権を侵害すると判断しました。日本のまねきTV事件と同様、被告は倉庫に多数のアンテナやサーバーを保有していたものの、ユーザーがテレビ番組を視聴するためには、被告のウェブサイトを通じて、見たい番組を自ら選び、その見たい番組の周波数に調整して視聴できるようにするという、ユーザー自身の行為を必要とするものでした。このような技術的な仕組みを理由に、一審・二審の裁判所は、実演権侵害ではないと判断しました。しかし、最高裁は、被告のサービスは、(実演行為に該当する)ケーブルテレビ会社のサービスと、「機能」としては異ならないことを理由に、Aereo社敗訴の判決を下しました。ユーザーや放送局に見えないところで、ユーザーの行為を介在させる仕組みにするための技術を用いたとしても、その技術の違いは、ユーザーや放送局にとって、何の意味もないという判断でした。

さらに、ニューヨーク地裁は、展示行為の定義に、「いかなる装置またはプロセス(現在知られているもの又は将来開発されるものを含む)による公衆送信」も含まれることを強調しました。その上で、被告のオンラインメディアが、自己のウェブサイト上で原告の写真がユーザーに表示されるように、"埋め込み"を含む、積極的な措置を講じたことは、展示行為に該当する、つまり、リンクであっても著作権侵害になり得ると判断しました。

・スタンフォードの学生の反応は?

このニューヨーク地裁の判断について、スタンフォードの著作権法のクラスでは、「ユーザーに対して"make available"(閲覧可能)にしたのだから、侵害と判断されて当然」というヨーロッパ留学生組の一部意見を除き、「"This case kills the Internet!"(こんな判決じゃインターネットがダメになる)」と、批判的な学生が圧倒的でした。オンラインメディアの実務を覆すものであるとの批判は、被告も主張していました。しかし、裁判所は、「"埋め込み"が展示権侵害にあたるとしても、その他の論点、たとえば原告写真がパブリックドメインである(Snapchatに載せた時点で権利放棄があったという見方)、あるいは、フェアユースなどにより被告の責任が否定される可能性は十分にある」という見方を示しました。
しかし、「権利放棄があったか、という点については、閲覧者及び閲覧可能期間が限定的なSnapchatへの投稿により、オンラインメディアによる画像の利用についてまで、権利放棄ないしライセンスしたとは考えにくい(ここでやっと私も授業で発言できました・・・)」、「フェアユースについては、Googleの画像検索サービスのサムネイル画像の場合、その一覧からフルサイズ画像に誘導する点に付加的な意義があるため、フェアユースの重要な要件であるTransformative Use(変容的な利用か)が認められたものの、オンラインメディアの埋め込みの場合、埋め込んだコンテンツ自体を閲覧させるのが目的だから、フェアユースと認められないのではないか。」「そもそも、フェアユースのように不安定な論拠に頼るのはビジネスとして脆弱で、それを避けるためには膨大な取引コスト(ライセンスのための時間・費用)がかかり、これにより、オンラインメディアの機能が失われる」など、クラスでは反対意見が圧倒的多数でした。

Goldman事件に限らず、アメリカの学生は、とにかくよく、判決に対して(文句のような)異論を唱えます。学生という責任のない立場だからこその意見、という面もあるものの、法的ルールづくりを担う裁判所に対して主張することが、こうあるべきと信じるルールづくりに関わる身近な方法だからかもしれません。誰かのつくったルールをそのまま受け入れるのではなく、現実に合わない、あるいはビジネスやイノベーションを阻害するルールとならないよう、どう裁判所に働きかけ、ルールづくりに参加するのか、という姿勢からは多くの刺激を受けました。

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(ここまでお付き合い下さったみなさん、ありがとうございます。
複数の裁判例を比較・検討しながら結論に至るアメリカの判決を読むのは、
なかなか骨の折れる作業であることをご体感頂けたのではないでしょうか。
余談ですが、学生の勉強ストレスがピークに達する期末試験前には、
ストレス緩和のためのセラピードッグが学生ラウンジまで遊びにきてくれます)

● 日本を離れて

クラスメートとの日常会話でも、言語の壁、そして育った文化の違いから、相手の興味のある話題が思いつかず、もどかしい思いをすることも少なくありません。そんな中、アジアからの留学生を中心に、日本が好きと積極的に話しかけてきてくれる友達も多いです。よくよく話を聞いてみると、彼・彼女らが、日本に関心を持ったきっかけは、日本の漫画・音楽・ドラマに触れて育ったからというケースがほとんどです。日本という国に関心を持ち、好きになるきっかけをつくるという意味において、日本の漫画・音楽・ドラマなどが果たしている役割は、経済規模といった数字に表れる以上に大切だということにも気づかされました。
日本のアニメ・ドラマが大好きという台湾出身のクラスメート(弁護士)とランチをしていた際に、今はアジアで大人気の日本の作品も、「あと5年10年後には、中国その他のアジアの国のオリジナル作品に取って代わられているのではないか」という懸念が、日本国内にはあるという話をしました。すると、「Rikaは、私たち(外国人)が好きな日本の作品のことを分っていない。日本の漫画は、ビジネスというより文化なのだから、他の国でいくら面白い作品が生まれたとしても、日本の文化を奪うことはできないし、その魅力が衰えることはない。例えば、小籠包は台湾の文化の一部で、よその国に、いくらおいしい小籠包のお店があっても、台湾の文化から小籠包を奪えないのと同じなんだから。」と熱弁されました。少し怒ったような彼女の言葉から、微力ながら日本の文化発信に関わる仕事をできることの働きがい・意義を改めて感じました。日本を遠く離れたこのスタンフォードの地で、日本のコンテンツの魅力・パワーを再認識できたことも、思いもよらない収穫となりました。

● この場をお借りして

留学が決まった当初、「女性でスタンフォードに留学とは頑張ったね!」などと言って頂いたことも多くありました。たしかに、今年日本からスタンフォードのLLMコースに留学している6人のうち、女性はわたし1人だけです。ただ、コース全体で見ると女性の方が多いくらいで、わたしが所属する、Law, Science & Technologyプログラムでも、20人の生徒のうち12人が女性です。その中には、スペイン人の女性で、彼女の留学に合わせてボーイフレンドが仕事を辞めてマドリッドから一緒に来ているケースや、中国人の女性で、家族丸ごと(夫とこども2人に、自分の両親も!)北京から引っ越してきているケースなど、話を聞くまで私には想像すらできなかったような留学生活を送っている同級生も少なくありません。彼女達は、聡明であることはもちろんのこと、新しい分野を学び続ける好奇心とユーモアにあふれ、また家族や友人との時間をとても大切にします。そんな友人たちとの出会い、それによる新たな気づきや刺激は、日々心にまとわりつく劣等感や焦燥感とともに、一生忘れられない思い出になりそうです。
弁護士生活10年目の遅咲き留学生となりましたが、このような得がたい体験に満ちた留学の機会に恵まれたのも、クライアントの皆さまのご理解と、事務所のサポートのおかげです。また、長きにわたった留学準備において、たくさんの励ましとアドバイスをくださった、恩師・友人・家族への感謝をこめて、今回のコラムを終えたいと思います。

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(著作権法の権威であるPaul Goldstein教授のご自宅にて、
Law, Science & Technologyのメンバーとともに)

以上

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