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コラム column

2017年6月 7日

その他の実体法

「時を貫く―― 脚光を浴びる公文書管理」

弁護士 二関辰郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)

南スーダンPKO自衛隊の「日報」隠し問題、森友学園への国有地払い下げ経過記録の財務省による「廃棄」、加計学園に関連した「官邸の最高レベルが言っていること」、「総理のご意向」といった文科省の文書など、このところ公文書管理のあり方に関する問題が脚光を浴びている。

DOCUMENT
「官邸の最高レベルが言っていること」といった文言を含
む加計学園関連の文書の画像(朝日新聞デジタルより)

そもそもなぜ公文書管理は重要か。次の記述が、公文書の意義を格調高く語っている。


  民主主義の根幹は、国民が正確な情報に自由にアクセスし、それに基づき正確な判断を行い、主権を行使することにある。国の活動や歴史的事実の正確な記録である「公文書」は、この根幹を支える基本的インフラであり、過去・歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産である。

  こうした公文書を十全に管理・保存し、後世に伝えることは、過去・現在・未来をつなぐ国の重要な責務である。これにより、後世における歴史検証や学術研究等に役立てるとともに、国民のアイデンティティ意識を高め、独自の文化を育むことにもなる。この意味で、公文書は「知恵の宝庫」であり、国民の知的資源でもある。

  一方、公文書の管理を適正かつ効率的に行うことは、国が意思決定を適正かつ円滑に行うためにも、また、証拠的記録に基づいた施策(Evidence Based Policy)が強く求められている今日、国の説明責任を適切に果たすためにも必要不可欠であり、公文書を、作成⇒保存⇒移管⇒利用の全段階を通じて統一的に管理していくことが大きな課題となっている。

この文章は、民間の学者や弁護士が書いたものではなく、他ならぬ政府がかつて設置した「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」が2008年に作成した最終報告書中の記述である。この最終報告書のタイトルは「『時を貫く記録としての公文書管理の在り方』~今、国家事業として取り組む~」という。本コラムのタイトルも、この報告書のタイトルの一部をお借りした。

上記の公文書の意義は、公文書管理法の目的を定めた1条に反映されている。(*1)

*1  公文書管理法1条:「この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする」

この公文書管理法が成立したのは、上記報告書が公表された翌年の2009年である。情報公開法が成立したのは1999年であるから、その10年後にあたる。

情報公開法は、「国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」法律である(同法1条より)。

どちらの法律も、政府の国民に対する説明責任を全うさせるためのものである。このうち、情報公開法は、行政機関の長に対し、「あるがままの形で行政文書を開示することを求める権利」を定めたものであり、行政機関の長に「新たに行政文書を作成又は加工する義務はない」(総務省行政管理局編『詳解 情報公開法』30頁)。それゆえ、「そもそもあるべき行政文書がなかったり、その所在が明確でない状態では、情報公開法は的確に機能しない。このため、行政文書の管理が適正に行われることが不可欠であり、その意味で情報公開法と行政文書の管理は車の両輪であるといってよい」と説明されていた(行政改革委員会行政情報公開部会「情報公開法要綱案の考え方」(1996年11月1日))。

公文書管理法は、この行政文書の「作成⇒保存⇒移管⇒利用」というプロセスについて定めている。作成義務を規定する公文書管理法4条1項柱書は、「行政機関の職員は、第1条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない」と規定している(下線の強調は筆者)。

この「処理に係る事案が軽微なものである場合」とはどのような場合か。「『処理に係る事案が軽微なものである場合』は、法第1条の目的を踏まえ、厳格かつ限定的に解される必要がある。すなわち、事後に確認が必要とされるものではなく、文書を作成しなくとも職務上支障が生じず、かつ当該事案が歴史的価値を有さないような場合であり、例えば、所掌事務に関する単なる照会・問い合わせに対する応答、行政機関内部における日常的業務の連絡・打合せなどが考えられる。当該事案が政策判断や国民の権利義務に影響を及ぼすような場合は含まれない。」とされている。この記述は、「行政文書の管理に関するガイドライン」という他ならぬ内閣総理大臣決定と位置づけられる文書中のものである。つまり、加計学園に関する文書は、「事案が軽微なもの」には到底あたらないし、「行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程を検証することができるよう」にする文書として、公文書管理法に基づいて当然作成すべき文書である。

二つの法律は、この「行政文書」について基本的に同じ定義を採用しており、「『行政文書』とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書...であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」である。

これが今話題の「組織共用文書」だ。情報公開法に関する総務省作成の前掲書では、「当該行政機関の内部の組織において、業務上必要なものとして、利用又は保存されている状態のものを意味する」と説明されている(『詳解 情報公開法』24頁。下線の強調は筆者)。その結果、職員の個人的な自己研鑽のための研究資料や職員個人のメモ、あるいは決裁文書の起案前の職員の検討段階の文書などは除かれる(ただし、最後の事例でも、組織において業務上必要なものとして保存されているものは行政文書に含まれる)。

ここでのミソは、「利用又は保存されている」であり、「保存」状態が共用である必要はないという点である。「利用」が行政機関の内部において業務上必要とされていたのであれば行政文書に当たる。今回の加計学園の件で、文科省は個人PCまでは調査していないとのことである。「保存状態が共用でない場合には行政文書に当たらない」というのがルールであればそれで良いが(*2)、ルールはそのようになっていないのである。「利用」についていえば、事務方のトップである前川事務次官(当時)が、レク資料として説明を受けて受領したと述べている。そのような文書が組織共用性を有することに疑いはない。

*2  「公文書の十全な管理」という「国の重要な責務」からすれば、本来、今回の加計学園関連の文書は共有フォルダに保存すべきであったということになるが、ここではその点は措く。


ちなみに、官房長官は加計学園関連の文書について、「作成日時や作成部局が明確になっていない。通常、役所の文書にはそういう文書はないと思う。誰が書いたか分からない。そんな意味不明なものについて、いちいち政府が答えることじゃない」「怪文書みたいな文書だ」と述べたようだ(毎日新聞2017年6月1日朝刊)。

しかし、情報公開請求をした場合に、現実にこの手の行政文書はいくらでも出てくる。たとえば、次の文書は、公文書管理法の解説書(新基本法コンメンタール「情報公開法・個人情報保護法・公文書管理法」日本評論社2013年)の原稿作成用に、公文書管理法の立法資料を公開請求した際に出てきた文書の実例である。

ご覧のとおり、冒頭にあげた加計学園関連の文書と体裁はとても似ている。打ち合わせの日時や対応者の氏名は記載されているが、文書自体の作成日や作成部局などは何ら記載されていない。まさに、「役所の文書にそういう文書」はあるのだ。

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情報公開請求によって得られた行政文書の例。冒頭の朝日新聞の例にならって、公表
慣行のある幹部の氏名以外は、本コラムへの掲載にあたって当方にて黒塗りにした。

次の文書はタイトルどおり「大臣用想定問答」と題する文書の1頁目である。この文書については、文書の作成日や作成部局のみならず、それらを推測させる記述すら含まれていない。

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情報公開請求によって得られた行政文書の例

もちろん、行政機関が情報公開請求に答えてこれらの文書を開示したということは、「これらの文書が行政文書に該当すること」が前提になっている。

ちなみに、これらの文書について「そもそも出自が云々」などといった話にならないよう、上記文書を行政機関が開示した際の「行政文書開示決定通知書」をあわせて示しておく。ここでの行政機関の長、つまり内閣府大臣官房長は、上記のような文書が行政文書に含まれることを当然の前提にしていることを示している。

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「行政文書開示決定通知書」の1頁目。宛名は、いちおう黒塗りにした。

以上の説明は、法律の条文や官側が作成した資料に基づいて行った。前川前事務次官の説明は、そういった手堅い資料に基づく説明と整合的で信用性が高い。加計学園に関して問題となっている文書が、文科省が当時作成した正式な行政文書に該当することに疑いはない。

それでも政府は否定し続けている。理屈として通らないことでも言い続けていればやがて諦められ忘れられるという読みがあるためか。そのような態度を取り続けて説明責任を果たさず「知らしむべからず」状態を継続する。メディアや市民も、結果的にそれを許してきた面があるのではないか。このような状況が繰り返されれば中長期的に失われるものは大きく、「民主主義の根幹」が揺るがせにされかねない。

以上

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