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コラム column

2017年5月24日

著作権文化・メディア

「どこまでならOK? ウェブサイトにおける歌詞の掲載
            ~JASRACと京都大学の式辞に関する論争を契機に~」

弁護士  岡本健太郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

昨今の「音楽教室からの著作権使用料徴収」問題に続き、先日、またJASRACが話題となりました。京都大学が、ボブ・ディランさんの歌詞を紹介した総長の入学式の式辞をウェブサイトに掲載したことについて、JASRACが著作権使用料を請求したとの報道があったのです。
創作性のある歌詞は著作物にあたり、著作権者の許可なくウェブサイトに掲載できないのが原則です。ただ、引用など、方法や態様によっては例外的に著作権者の許可なく使用できます。今回は、このJASRAC問題を契機に、歌詞の引用について検討してみます。

1. JASRACによる歌詞の著作権の管理

上記のとおり、創作性のあるオリジナルの歌詞は、著作物として保護されます。JASRACは、日本の作詞家・作曲家から著作権の信託を受けて、歌詞や楽曲の著作権を管理しており、管理対象の歌詞を使用するには、JASRACへの著作権使用料の支払が必要となり得ます。歌詞の使用方法としては、イベントで歌ったり、テレビ・ラジオで流したりといった楽曲に伴う使用方法のほか、書籍や漫画、今回問題となったブログその他のウェブサイトでの掲載などの歌詞単独での使用方法もあります。
JASRACは、世界各国の著作権管理団体とのネットワークを有しており、日本で外国の楽曲や歌詞を使用する場合にも、JASRACを窓口として手続を行い、著作権使用料を支払うことで適法に使用できるようになっています。JASRACのデータベース(J-WID)によると、今回掲載されたボブ・ディランさんの「blowin' in the wind」の楽曲や歌詞も外国の著作権管理団体に登録されており、日本ではJASRACが窓口となっています。

2. 今回の式辞における著作物の利用

山極総長の式辞は、京都大学のウェブサイトに公開されています。これによると、総長は、京都大学の教育方針や現在の状況、果たすべき役割などについて述べた後、ボブ・ディランさんの「blowin' in the wind」の歌詞を紹介しました。総長は、「常識にとらわれない自由な発想とは何か」という文脈の中で、「How many roads...」から始まる数フレーズの歌詞を取り上げ、「答えは...風の中にあって、...誰もつかもうとしないから、また飛んでいってしまう」、「誤りを知っていながら、その誤りから目をそらす人を強く非難している」などと、歌詞の意味や解釈を説明しました。また、総長は、「当たり前と思われてきた考えに疑いを抱いたとき、それに目をそらさず、真実を追究しようとする態度」から「常識にとらわれない発想」が生まれるといった自身の見解を述べた後、「どんな反発があろうと、とっぴな考えと嘲笑されようと、風に舞う答えを、勇気を出してつかみとらねばならない」といった学びの精神や、京都大学がこうした精神に基づいて、新しい発見や独創的な考えを生み出してきたといった式辞のテーマに繋げました。

このように、山極総長は式辞でボブ・ディランさんの歌詞を紹介していますが、著作権法上、大学の式辞での歌詞の読み上げ自体は、著作権者の許可なく行うことができます。公開された著作物は、非営利かつ無償であれば、著作権者の許可なく上演、演奏、口述等ができるのです(38条1項)。英語の歌詞の一部の読み上げだけでなく、全文の朗読もできますし、歌うこともできます。ただ、今回、京都大学は、式辞をウェブサイトに掲載しています。ウェブサイトでの掲載は「公衆送信」(≒インターネット配信)にあたりますので、この「非営利・無償での上演」の範囲外となります。
また、非営利の教育機関は、授業の過程における使用を目的とする場合には、公表著作物を複製できますし、同時に遠隔で授業を受ける者のための公衆送信も可能です(同法35条1項・2項)。京都大学は「非営利の教育機関」ですし、この「授業」は、講義のほか実習、実技、ゼミ等を含むとされており、正規の学校行事である入学式の式辞も「授業の過程における使用」といえるかもしれません。ただ、今回のようなウェブサイトへの掲載は、「公衆送信」であって「複製」ではないですし、「同時に授業を受ける者」のためのものでもありませんので、この「教育機関による複製等」の範囲外となります。

こうしたことから、京都大学が、JASRACとの手続なく、今回の式辞をウェブサイトに掲載するためには、適法な「引用」(32条1項)といえる必要があるのです。著作権法上、引用は、「公正な慣行」に合致し、報道、批評、研究その他引用の目的上「正当な範囲」で行う必要があるとされています。近年は、条文の文言に沿って引用の適否を判断している裁判例もありますが、まずは従来からの考え方に従って検討してみます。すなわち、従来は、①「自己の創作部分と引用部分が明瞭に区別されていること」(明瞭区別性)と②「自己の創作部分が主であり、引用部分が従であること」(主従関係)が2要件とされてきました。今回でいえば、山極総長自身の発言が「自己の創作部分」にあたり、ボブ・ディランさんの歌詞が「引用部分」にあたります。また、③出典の記載があること(48条1項1号・3号)も必要となります。
改めて京都大学のウェブサイトを見てみましょう。ボブ・ディランさんの歌詞は""で囲われていて、総長自身の発言とは明瞭に区別されています(①)。また、今回使用されたボブ・ディランさんの歌詞の文字数(スペース含む)を数えてみたところ、約350文字でした。日本語と英語の各文字数の単純比較となりますが、総長の式辞は全体で約4,500文字でしたので、その1割にも及びません。その内容も、上記のように、「自由な発想とは何か」、「学びの精神とは何か」といった式辞のテーマに沿って、ボブ・ディランさんの歌詞が補足的に紹介されています。分量的にも内容的にも、総長自身の発言が主であり、歌詞が従といえます(②)。さらに、末尾には、「""は、Bob Dylan氏の『blowin' in the wind』より引用」と記載され、出典の明記もあります(③)。こうしたことから、今回のウェブサイトでの歌詞の掲載は、従来の基準から言えば適法な引用といえそうです。
振り返って条文の文言を見てみると、引用は、「公正な慣行」に合致し、「正当な範囲」内にある必要があるとされています。仮に本件が裁判となったような場合には、引用の該当性は、総長の式辞の目的やテーマ、ボブ・ディランさんの歌詞の内容や性質、式辞における歌詞の利用態様といった様々な要素を総合的に考慮して判断される可能性があります。例えば、大学の式辞その他のウェブサイトにおける一般的な引用のありかたも「公正な慣行」として判断されるかもしれませんし、「正当な範囲」に関連して、今回掲載された歌詞の分量の適否も、式辞のテーマとの関係で検討されるかもしれません。ただ、今回は、非営利の教育機関である京都大学が1回の式辞をウェブサイトに掲載したというものですので、「正当な範囲」を厳格に解釈する必要性は乏しいように思われます。こうしたことから、今回のウェブサイトにおける歌詞の掲載は、適法な引用といってよいように思われます。

少し補足すると、山極総長は、ボブ・ディランさんの英語の歌詞に続けて、その和訳を述べています。適法な引用といえれば、著作権法上、その翻訳も可能です(43条2号)。他方、JASRACは、翻訳についての管理委託を受けていませんので、今回のような歌詞の掲載が適法な引用とされないとなると、利用者は、音楽出版社などの著作権者に直接コンタクトするなどして翻訳の許可を得る必要が出てきます。こうした場合、この程度の歌詞の紹介も困難になり得ますので、実務的な影響は大きいでしょう。
なお、前述のJASRACのデータベースによると、ボブ・ディランさんの既存の日本語歌詞については日本の訳詞家がJASRACに著作権を管理委託しているようですが、これは別問題でしょう。

3. おわりに

別の報道によると、京都大学は、「ウェブサイトでの歌詞の掲載について、JASRACから著作権使用料の請求を受けた」という認識のようですが、対するJASRACは、「歌詞の利用状況を確認する目的で連絡し、利用許諾手続についての一般的な説明はしたが、許諾を取るように強く要求はしていない」といったスタンスのようです。
この真偽のほどは分かりませんが、京都大学のような組織であれば、「引用に当たる」といった断固とした対応も可能と思われます。ただ、仮に、個人がウェブサイトに歌詞を掲載した事案で、その個人がJASRACから「問い合わせ」を受けた場合、本来は適法な引用にあたる事案であったとしても、こうした断固とした対応を取れないこともあるのではないでしょうか。
キュレーション・メディアの問題も記憶に新しいところですが、インターネット上では他人の著作物の転用が頻繁に行われており、適法な引用に該当しないケースもあるでしょう。時代のニーズとしても、適法な引用についてのより明確な基準や考え方が求められているのかもしれません。



ここまで書いた時点で、本日、「JASRACが、定例記者会見で引用を認め、著作権使用料を不請求とした」旨の報道がありました。 一騒ぎはありましたが、本件が無事にあるべき方向で終結したことは、よかったのではないでしょうか。

以上

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