All photos by courtesy of SuperHeadz INa Babylon.

English

コラム column

2017年5月11日

文化・メディア著作権法

〘情報・メディアと知財のスローニュース〙

「くまのプーさん:新たなる旅立ち」

弁護士 福井健策(骨董通り法律事務所 for the Arts)

本稿は「情報管理」誌2017年5月号の掲載コラムを加筆したものです。

1 Xデー5月21日

うららかな5月の日曜日、プーは仲間たちと、新しい冒険を始めることになりました。

――何かといえばついに今月、世界的キャラクター「くまのプーさん」の日本での著作権が切れる話である。著作権には保護期間というものがあり、それが終了すれば以後は誰でも自由に利用できる。いわば、作品は社会の共有財産になるのだ。この状態を「パブリック・ドメイン」(PD)という。

日本法では、期間の原則は「著作者の生前全期間及び死亡の翌年から50年」である(団体名義の作品などは公表後50年)。ではプーはというと、作者のA.A.ミルンは日本が国連加盟を果たした1956年の死亡。よって、本来であれば50年後の2006年末にはもう保護は終了していたことになる。
ところがここでもうひとつ、「戦時加算」という厄介なルールが登場する。これは何かというと、戦前と戦中の連合国の作品は、日本での保護期間が戦争期間分上乗せされるのだ。連合国なのでアメリカ・イギリス・フランスなど。「日本は戦争中、連合国の作品の権利を守ってなかったから」ということで、サンフランシスコ講和条約上の義務として一方的に加算を約束しているのである。「なぜ日本だけが」と撤廃論も根強いが、何せ講和条約なのでそう簡単にはなくならない。プーのような戦前の作品の場合、加算期間は最大の3794日(10年5ヶ月弱)。よって、その保護は2006年末にこの日数を加算した、2017年5月21日一杯で切れることになりそうだ。
「くまのプーさん」の新訳出版ばかりか、映像化・マンガ化など二次創作も(著作者人格権に配慮すれば)原則解禁である。現に、「星の王子さま」の保護期間切れの際には新訳出版ブームが起きたし、プーより一足先の2016年にPD入りした江戸川乱歩と谷崎潤一郎も既に電子書籍化などが相次いでいる。

2 TPPと保護期間延長論

もっとも、この解禁は実に微妙な情勢だった。何かといえばあのTPP(環太平洋経済連携協定)である。プーとTPP? 意外な取り合わせだが、実はTPPには米国の強い要求で、「著作権期間の20年大幅延長」が組み込まれていた。米国は言わずとしれたコンテンツ・知的財産の大輸出国だ。年間15兆円強もの外貨を、著作権・特許等の使用料収入だけで稼ぎ出している(米国商務省2015年。Table2.1の31項。レートは同年末)。もっとも多いのはソフトウェアのような新しい作品だが、ミッキーマウスやスーパーマン・バットマン、そしてクリスマスソングのような古いドル箱たちも当然ながら極めて強い(同36項参照)。今やディズニーが権利を管理する「くまのプーさん」はその中でも、年5000億円ものキャラクター収入をいまだに生み出していると言われる稼ぎ頭だ。
その保護期間が世界的に延びれば、当然米国の外貨収入も増える。いやそれ以上に、著作権が続いているということは、どの国のエンタメ企業や各種産業も、米国の権利元の許可を得なければ作品を使えない。つまりライセンス契約を交わす。当然そこではお金だけでなく、「デザインはこの線で」「この人を使いなさい」から「競合するビジネスはNGね!」「派生的に生まれた知財は全部頂くよ」まで、様々な拘束条件が米国側によって課せられる。後半のあたりは独禁法上の疑問もあるが、ともあれ権利が続くことでいわばビジネスをコントロール出来ることは間違いない。著作権と特許は米国のソフトパワーの源泉であり、よって米国USTR(通商代表部)は伝統的に、知財強化政策の「輸出」に大変熱心だった。

3 巻き起こった激論

しかしこの保護期間の延長、「著作権侵害の非親告罪化」といった米国の他の要求と共に、日本では2011年頃から激論を招いた(議論の経緯はこの辺)。なぜか。ひとつには日米の利害が真逆だった。当初は、「日本も知財立国だから保護期間だって欧米並みがいいに決まってる。賛成!」といったやや能天気な意見も一部にあったが、現実は違う。日本は特許では確かに輸出国だが、コンテンツ・著作権では大輸入国だ。著作権使用料の国際収支、つまり海外に払う使用料と海外から受け取る使用料の差額は年間7500億円(日銀2015年)にも及び、しかも拡大基調である。
更に、日本が海外から受け取る使用料はアニメ・マンガ・ゲーム等が中心で基本的に新しい作品ばかりだ。古い作品ではほぼ稼いでいないので、保護期間を延ばしても収入増は見込めない。単に欧米の古いドル箱たちへの民間の支払と、そして何より契約の重荷が増えるばかりなのだ。(驚くべきことに2017年の今になっても、「契約条件」がビジネスと経済のゆくえを左右するという当然の事実を、ほとんど理解していない企業人や政治家がこの国にはまだまだ多い。)
そして、恐らくそれ以上に本質的な理由は、「パブリックドメインの価値」だった。著作権の期間は、歴史の中でどんどん伸びて来た。それは300年前に英国で誕生した時には「公開から14年」の保護にしか過ぎなかったが延長を繰り返され、今や欧米は「死後70年」が多い。生前を平均40年と見れば合計110年間。特許の20年間をはるかに上回り、誕生時から8倍にも長期化したことになる。
無論、いくら延びても権利者から許可を貰えば使える。しかし、実はこれが見つからない。著作権は死後相続され、原則として相続人全員の共有になるが、作品の利用にはその全員の同意が必要だ。死後70年ならば著者のひ孫の代まで権利は続くことになるが、そんな人々をどうやって探し出すか想像がつくだろうか。理論上は、権利者がひとりでも見つからなかったり、利用に反対すれば作品は活用できないのだ。
第一、世の中のほとんどの作品は、残念ながらそこまで市場で長命ではない。調査では、書籍で作者の死後50年を超えて刊行されるものは全体の2%に過ぎない。そもそも市場で売られていないなら、いくら権利を延ばしても遺族に収入は入らない。つまり保護期間の延長は肝心の遺族の収入増加にもほとんど役に立たない。
そして、市場にはない大多数の作品・資料は何によって命脈を保つかと言えば、非営利の研究・教育・アーカイブ活動である。例えば「青空文庫」をご存じだろう。保護期間の切れた過去の小説や評論を全国800人を超えるボランティアが手入力して完全自由利用で公開する、民間電子図書館の代表格だ。全てテキストデータ化されているので、電子リーダーだけでなく、自動音声読み上げによるオーディオブック化、各種商品化、解析用データと、極めて「使いで」がある。

保護期間の切れた江戸川乱歩「怪人二十面相」
青空文庫(保護期間の切れた江戸川乱歩「怪人二十面相」、大久保ゆう入力)

こうしたアーカイブ活動は先人たちの生きた証を後世と世界に伝え、研究・教育・新規ビジネスの無限の泉を与える。AI開発やビッグデータ活用にとっても極めて重要なインフラだ。折から米国最大のメトロポリタン美術館が、PDの所蔵品の画像データ37万5000点余りを完全自由利用条件(CC0)で公開提供するなど、世界的なオープンアクセス化の潮流に乗ってパブリックドメインの活用は拡大を続けている。
では保護期間がどんどん長期化すればどうなるか。ただでさえ予算不足のアーカイブや研究現場が数万~数百万点の作品の権利者をいちいち探しだし、許可を得るコストを捻出できるか。答えは明らかだろう。それ以前に、過去の全作品の半数かそれ以上は探しても最終的に権利者は見つからない「孤児著作物」だと言われている。そのため、保護期間の長期化は「孤児著作物を増大させ作品の死蔵を招く」として、米国内でも見直し論が根強いほどなのだ。
単に作品そのものの死蔵だけではない。パブリックドメインは常に、新たな文化創造の源泉だった。古い作品に基づく新たな創作は枚挙にいとまがない。古くは歌舞伎や古典落語、シェイクスピアの創作は言うに及ばず、ドラキュラ、ホームズ、黒澤明や溝口健二、ディズニー・アニメの数々、舞台・映画を席巻した『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』など、過去の名作に基づく二次創作は、時代を超えて我々の創造性を刺激し続けて来た。保護期間が次々長期化されれば、この泉も枯らしかねない。
こうしたことから各国でも反対が強く、2014年にはウィキメディア財団や図書館系など35の有力な国際団体が連名で延長に反対声明を出す事態に至った。
しかし、結局は米国の要求通り、TPPには保護期間延長がほぼセーフガード無しで導入され、日本でも国会で改正法が通過してしまう。ただし、その施行は「TPP発効時」とされた。TPPが発効しないと、延長も発効しない仕組みだ。その日本の国会通過はずれもずれたり2016年12月。TPPは日米を含む6ヶ国以上が批准しない限り発効できないので、TPP及び著作権延長の発効はいわばアメリカ待ちとなった。

4 プーと仲間たちの運命

プーはどうなる?保護期間の延長は、延長時点でまだ保護が残っている作品にしか適用されない。いったん権利が切れてパブリックドメインになった作品は、その後復活することはないのだ。つまりプーがPDになるかならないかは残り5ヶ月に委ねられた。
そこでドナルド・トランプの出番である。このちょっと往年のディズニー映画に悪役で出てきそうなキャラクター、もともと大統領選の最中からTPP離脱を表明していたが、まさかの当選後あれよあれよという間に公約通りTPPから離脱してしまった。TPP全体には人によって賛否もあろうし、今後も米国抜きのTPP修正成立を目指す動き、EUとのEPA、米国からの個別圧力など、間違いなく保護期間延長問題は何度も蒸し返されるだろう。が、少なくともプーと仲間たちについて言えば、これで延長はなくなった。誕生から91年を経て、ついに日本においてパブリックドメイン入りである。
個人的なことを記せば、筆者は9歳で両親に貰った最初の本らしい本が、岩波書店版『クマのプーさん』(石井桃子訳)である。そりゃもう、文字通り何十回と読み返した。すり切れるまで同じ本を読みふけり昼も夜も夢想したあの時間がなければ、文章の読み方、ものの考え方は全く違ったものになっており、恐らく人生の歩みも違ったものになっていたのだろう。だからミルンや石井桃子は、教師であり、親友であり、恩人である。切れたのはミルンの原作なので、日本語訳は誰も無断では使えない。いったい、あの「完璧」以外の言葉が見つからない珠玉の石井訳に挑んで、プーの新訳を出そうとする出版社がいくつ現れるのか。映像作品やマンガ・絵本は次々現れるのか。感謝と期待を胸に、プーたちのパブリックドメイン入りを迎えたい。

・・・と書きながら、ひとつ気がかりがある。今回、実はPDになるのはミルンの原作のみである。つまり文章部分だ。あのシェパードの挿し絵は、(彼はかなり長生きだったので)まだまだPD化はされない。つまり、文章は新訳して自由に使えるが、あのオリジナル挿し絵は使えない。無論、それに基づくディズニーの絵柄もである。よって、新訳を出したり映像化などしようと思えば、新たにプーや仲間たちを描き起こすしかないのだ。既に文章で書かれている特徴や、「元はクマや子豚のぬいぐるみ」という設定から当然発生しそうな点は似ていても構わない。しかし、それ以外の細かな表情やフォルムは真似てはいけない。

E.H.シェパードの挿し絵
E.H.シェパードの挿し絵。こちらはPD対象外

ひょっとしたら今月中にも、世間には新訳の文章と共に「奇妙な見慣れないプーや仲間たち」が出没しだすかもしれない。怖いような、楽しみなような、PD入りなのである。

以上


※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。