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コラム column

2014年6月26日

著作権契約IT法

「3Dプリンタと著作権の現在 ―オープンな創作の土壌をつくるために」

弁護士  永井幸輔(骨董通り法律事務所 for the Arts)


1. はじめに

最近、3Dプリンタの話題がメディアを賑わせています。
3Dプリンタを利用した玩具、人間をそのままスキャンして出力したフィギュア、低価格で製造できる義手、衣服や食べ物、建築物に及ぶまで、様々なプロダクトが作られています。ユーザーに代わって3Dデータをプリントするサービスや、プリントした作品を売買できるオンライン・マーケット、製作したデータをユーザー間で共有できるウェブサイトなど、3Dプリンタを取り巻く周辺サービスも続々と生まれ、ビジネスも盛り上がりつつあるようです。
他方で、2014年4月には、3Dプリンタで製造された銃を所持したとして、男性が銃刀法違反の疑いで逮捕されたニュースも話題になりました。このような状況の中、危険物製造や著作権を侵害する恐れのある利用を抑えるセキュリティ・プログラムの開発も行われています。

3Dプリンタを始めとするデジタル工作機械(i)は、新しいデザインや表現、ビジネスモデルを生み出し、私たちの生活を大きく変える可能性を持っています。しかし、新しいツールの登場は、これまでにはなかった新たな法的課題も生むでしょう。
そこで今回は、3Dプリンタにまつわる法的課題を検討します。なお、今後裁判例や学説による検討を通じて議論も深まって行く分野です。このコラムでの考察も結論を示すものではなく、あくまで私見ですので、ご了承ください。


2. 3Dプリンタをめぐる法的課題の俯瞰

さて、まずは3Dプリンタをめぐる法的課題にどのようなものがあるか、俯瞰してみましょう。...とはいえ、画期的なツールだけあって、関わる法律等はとても広範です。例えば、次のようなものが挙げられるでしょう。

分野 具体的な法律等
①知的財産権に関わる法律 著作権法、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、不正競争防止法、パブリシティ権等
②製造・所持等を禁止する法律 銃刀法、武器等製造法、刑法(通貨偽造罪、わいせつ物に関する罪等)等
③製造物への責任に関わる法律 民法(契約・不法行為責任、工作物責任等)、製造物責任法(PL法)等
④その他の法律 個人情報保護法、肖像権等


このうち、比較的よく議論されているのは、①著作権等の知的財産権でしょう。例えば、マンガやアニメのキャラクターなど、コンテンツをプリントしたときには著作権が問題になりそうです。
また、上記3Dプリンタ銃の事件で注目を集めたのが、②製造・所持禁止物のプリントです。誰にでも銃やお金などを製造できてしまうと社会に危険や混乱をもたらすため、製造や所持そのものを禁止する法律です。
さらに、製造物に何か欠陥があり、その使用者が怪我をしたり損害を被った場合には、製造者の責任が問われる場合があります。
加えて、個人情報保護法の観点も重要でしょう。前述の人間をスキャンしたフィギュアなど、個人情報を含む場合には、プライバシーにも配慮した取扱いが必要になりそうです。

これらのトピックはいずれも重要ですが、全て検討するとあまりにも長大になるため、今回は ①知的財産権に関わる法律のうち、著作権に絞って詳しく検討して行きましょう。機会があれば、意匠権や不正競争防止法などの知的財産権、銃刀法や武器製造法、PL法などの法律との関係についてもご紹介できればと考えています。


3. 3Dプリンタの特徴
―デジタル・ファブリケーションとパーソナル・ファブリケーション

さて改めて、3Dプリンタとは、3Dデータを基に、熱で融かした樹脂を積み重ねるなどの方法で立体物を製造する機器です。私たちがよく知っている、紙に平面的(2D)に印刷するプリンタと比較して3Dプリンタと呼ばれています。

3Dプリンタの最も特徴的な点は、コンピュータ上のデジタル・データをプリントアウトできること...紙や樹脂、金属などの素材にそのまま加工できることです。これは、「情報」から「物質」への変換と言い換えてもいいでしょう。逆に、3Dスキャナなどのインプット用の機材を使えば、「物質」を「情報」に変換することもできます。
「物質」と「情報」を双方向に行き来できること。それによって生まれる「物質」と「情報」の関係性を編み直し、両者を相関的に作り上げて行くこの技術は、「デジタル・ファブリケーション」と呼ばれます。

ただ、実はこのような技術は最近生まれたものではなく、製品のサンプル等を作る工業用の機材として30年程前から存在していました。現在注目されているのは、これらの機材が個人でも購入できる程にコンパクトで安価になったことです。デジタル・ファブリケーションを一般の市民でもある程度簡単に利用できるようになり、個人の欲求に根差した、カスタマイズされたプロダクトが作り出される環境が整いつつあります。このような動きは、パソコンやプリンタの情報技術にも近いものがあり、「パーソナル・ファブリケーション」と呼ばれます。

さて、3Dプリンタと著作権法を検討する際にも、このデジタル・ファブリケーションとパーソナル・ファブリケーションという2つの視点は有益です。それぞれ検討してみましょう。


4. デジタル・ファブリケーションと著作権

大原則ですが、3Dプリンタによる製造にも現行の著作権法が適用されますので、従来の著作権法の議論の応用として考えて行く必要があります。

まず、3Dプリントするためには、①その前提として、プリント元である3Dモデルが必要です。3Dモデルは、CADソフトを使用してモデリングしたり、対象物を3Dスキャンすることで作成され、主にSTLと呼ばれる形式のデータとしてコンピュータ上で取り扱われます。そして、②この3Dデータをプリントすることで製造物が作られることになります。
例えば、最近超合金のフィギュアが発売されて話題になった岡本太郎氏の「太陽の塔」のミニチュアを、3Dプリンタで製造する場合を考えてみましょう。まず、「太陽の塔」は著作物にあたります(ii)。3Dスキャンを使って3Dモデルを作る場合、「太陽の塔」のイメージをそのまま取り込むことになるため、①その3Dモデルは「太陽の塔」の複製物にあたるでしょう。CADソフトで3Dモデルを作る場合も、実物を忠実に再現したものであれば複製物にあたりそうです。また、②3Dデータをミニチュアにしてプリントした製造物についても、「太陽の塔」の複製物になると考えられます。
他方で、例えばネジなどの実用品をプリントする場合はどうでしょうか。これらは通常の形態であれば著作物ではないでしょうから、これをスキャン・プリントしても著作権の問題は通常生じません (iii)

したがって、著作権者に無断で3Dスキャンや3Dプリンティングによる複製を行うと、著作権侵害となる可能性があります。この場合、適法に利用するためには、著作権者からその著作物の利用許諾(ライセンス)を受けるか、下記に述べる「私的複製」のような権利制限にあたる方法で使用する必要があります。


5. パーソナル・ファブリケーションと著作権

それでは、パーソナル・ファブリケーション、すなわち一般の個人が3Dプリンタを使用してカスタマイズしたプロダクトを作るときには、著作権法上どのような違いがあるでしょうか。

(1) 私的複製
個人でも事業者でも、著作物性や著作物の利用行為についての考え方は変わらず、基本的には上記4で述べたとおりです。しかし、個人の場合、個人使用または家庭内などの限られた範囲内で著作物を使用する目的で、3Dプリントを行う場合には、「私的複製」(著作権法30条)にあたり、権利者の許諾がなくとも、複製が許されます。
例えば、著作物であるキャラクターのフィギュアについて、それを家庭内で鑑賞することを目的にプリントする場合には、私的複製として無許諾でも適法に製造できます。
他方で、例えば、インターネット販売など、不特定の第三者に販売する目的でプリントする場合には、私的複製には該当しません。また、販売しなくとも、データ共有サイトで3Dモデルのデータを不特定多数の人に公開する目的でコピーする場合にも、私的複製とはされないでしょう。
プリントした製造物を展示する場合はどうでしょうか。著作権法では、複製物を「公衆に提示」する場合には私的複製とはならないとされており(著作権法49条1項1号)、微妙な判断ではありますが、私的複製とならない可能性があります。
...どうやら、私的複製によって救われる場面は意外と多くはないようです。


(2) プラットフォーム運営者の責任
また、冒頭にも少し触れたように、ユーザー間で3Dデータを共有したり、3Dプリントした作品を売買できるサイトがあります。上記のとおり、個人使用でも私的複製に該当しない場面がある以上、このようなプラットフォームの責任も問題になり得るでしょう。今回は深くは触れませんが、この点については、YoutubeなどのCGM(Consumer Generated Media)が常に直面している問題でもあり、国内外を問わず多数の裁判例があります。また、プラットフォーム側が、利用者の代わりに3Dプリンティングを行ったり、販売するサービスについては、現在の日本の裁判所の考え方では、おそらく私的複製は成立しないのでしょう。
事業者が安全にプラットフォームを運営するためには、プラットフォームの責任に関する既存の議論を踏まえた上で、著作権侵害にならないシステムの作り方を工夫する必要があります。


(3) ライセンスの設計とアーカイヴィング
以上は、パーソナル・ファブリケーションの利点を十分に活用できない状況とも言えるかも知れません。とはいえ現時点では、ゼロからCADソフトを使用して3Dモデルを作成することは、まだまだハードルが高いと思われます。そのままプリントできる(それも、プリントしたくなるような魅力的な)データがインターネットで入手可能であることや、手軽に3Dプリンティングを試せるサービスがあることは、今後の3Dプリンタの普及・実践にとって、少なくない役割があるように思われます。

このような状況を打開する手段の一つには、3Dデータへの積極的なライセンスの付与が考えられます。例えば、「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」というパブリック・ライセンスがあります(iv)。著作権者は、このライセンスを自分の作品に付けることで、その作品を一定の条件の下で自由に利用できることを宣言できます。これによって、ユーザーが自由に3Dプリンタを使って作品をプリントし、それをインターネットで紹介したり、作品の3Dデータをインターネット上でシェアするプラットフォームを業者が作ることがより容易になるでしょう。実際、オープンなライセンスを付与するデータ共有サイトは少なくありません(v)

あるいは、既に著作権保護期間が切れた作品(パブリック・ドメイン)について、これを3Dデータ化することも挙げられます。現在、EuropeanaDLPA(Digital Public Library Of America)国立国会図書館の近代デジタルライブラリーなど、パブリック・ドメインの収集・公開が進んでいますが、アーカイヴィングを行う機関が収蔵品を3Dスキャンして3Dデータで公開することも考えられます。例えば、スミソニアン博物館では収蔵品の3Dデータを無償公開しており、今後このような形での公開が進むことが望まれます。


6. おわりに

著作権は、1450年頃、ヨハネス・グーテンベルグの活版印刷の発明をきっかけに生まれたと言われています。手写しによる複写と比較して大量且つ安価な複製が可能になった出版物について、その流通量をコントロールし、出版者の利益を保護するために作り出された権利です。以降も、カセットデッキ等によるアナログ・コピー、CDやDVD等によるデジタル・コピー、そしてコンピュータとインターネットによる大量且つ瞬時のコピーとテクノロジーが進化するのに伴い、著作権法もまたその姿を変容させてきました。テクノロジーの進化と著作権の変化は常に呼応してきたのです。
そして2010年代に入った今、3Dプリンタ等のデジタル工作機械という新たなテクノロジーを前に、著作権はまた大きな転機を迎えているようにも思えます。

FabLab Japan(vi)の発起人である慶應義塾大学SFC准教授の田中浩也先生は、著書『SFを実現する』の中で、全く同じ材料、素材、部品が手元に揃わない限りは完全に同じものを再現することはできず、データが各利用者の下でプリントされる度にデータは修正され、無数の派生物が生まれていることを指摘しています。その上で、「コピーによる劣化」や「コピーによる複製」の世界の先には、「コピーによる進化」と呼ぶべき新しい現象があるといいます。
もしかすると、これまで著作権法がコントロールしてきた「複製」それ自体の意味が、これまでにない形で変化しつつあるのかも知れません。田中准教授が言う「コピーによる進化」を積極的に選び取るためには、著作権やその他の知的財産権のあるべき姿もまた、問われるでしょう。著作者の利益を適切に守りつつも、著作権が掲げる「文化の発展」を実現するために、適切な法制度を選び、適切なライセンスを作り出してゆくことができるのか。私たち法律家も試されているように思います。


参考文献:
田中浩也『FabLife デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー)、田中浩也『SFを実現する』(講談社現代新書)、奥邨弘司「3Dプリンティングと著作権~今後の議論のための序論的考察~」(SOFTIC LAW NEWS No.136)、水野祐「ファブ社会における法制度の展望



(i): このコラムでは、デジタル工作機械の一例として3Dプリンタを主に取り上げていますが、デジタル工作機械にはそれ以外にも、3Dスキャナ、カッティング・マシン、ミリング・マシン、PC制御ミシン、アッセンブル・マシンなどといった多様な種類があります。


(ii): 建築の著作物の該当性の問題もありそうですが、ここでは割愛します。


(iii): 一体何が「著作物」に該当するのか、という問題については、従来の著作権法での議論と基本的には同様です。弊所の他のコラムなどもご参照ください。
・福井健策『18歳からの著作権入門』(CNET Japan)
・諏訪公一「第1講 守られる情報とフリーな情報の境界線」(月刊MdN『デザイナーのための著作権と法律講座』)


(iv): クリエイティブ・コモンズ・ライセンスについては、こちらの記事もご参照ください。
・永井幸輔「第4回 他人の著作物を安全に利用するために」(月刊MdN『デザイナーのための著作権と法律講座』)


(v): Thingiverseshapeways等。また、rinkakuのこちらのページでは、3Dデータをダウンロードできるサイトとそのライセンスの種類がまとめられています。


(vi): FabLab Japan FabLabは、市民が自由に利用できる、3Dプリンタなどの多様な工作機械を備えたオープンな市民工房の世界的なネットワーク。FabLab Japanは、日本国内・国外のFabLabとものづくりの活動を繋ぐ活動を行っています。


以上

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