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コラム column

2013年4月 2日

その他の知的財産法裁判IT法

「アップル対サムスン:世界各地の特許戦争の現状をざっくり整理!~その2~」

弁護士 諏訪公一(骨董通り法律事務所 for the Arts)

※本コラムは旧バージョンです。
 最新版(2014年7月31日付け)のコラムはこちらをご覧下さい。



1.その後の動き

前回、「アップルとサムスンが訴訟合戦をしているのはニュースで聞くけれど、どの国でどのような訴訟が提起されて、どのくらい勝ち負けが決まっているのだろう?」という素朴な疑問から、報道から見て取れる状況をざっくりご紹介するコラムを執筆しました(前回のコラム)。その時点から半年が経過し、海外でもいくつかの国の訴訟で進展がみられ、さらに、日本においても、2つの新しい判決が出ました(2013年2月28日東京地裁判決、同年3月15日東京地裁判決)。そこで、まず、2・3項で、本コラム現在の状況を、前回コラムをベースにアップデートしました(ただし、前回と同様、全ての訴訟を捕捉しているわけではありませんので、ご注意下さい)。また、必須特許に関する「FRAND宣言」について、おそらく日本で初めての判決が出されましたので、2月28日の東京地裁判決の内容を、4項で簡単に紹介いたします

なお、以下では、裁判が仮処分や上訴審であっても、わかりやすさのため「原告」「被告」の名称を使い、ご説明します。

2.各国の状況の概略

各国の訴訟をざっくり整理すると、以下のようになります。(2013年3月31日現在)
(○は原告勝訴、×は原告敗訴です。全ての権利について判断されていない可能性もありますので、必ずしも全面勝訴・全面敗訴という意味ではないことにご注意ください)。

  原告:アップル → 被告:サムスン 原告:サムスン → 被告:アップル
アメリカ 訴訟:差止×
陪審団により巨額賠償の評決→一部見直し。
ITC(国際貿易委員会):2013/8/1最終判断?
訴訟:審理中

ITC→2013/5/31 判断?
韓国 ×(控訴中?) ×(控訴中?)
ドイツ 2件×
4件審理中
×
オーストラリア 仮処分×
訴訟は審理中
審理中
イギリス ×(not as cool) ×
フランス - ×
イタリア - ×
オランダ 1件○
1件×
スペイン 審理中? 審理中?
日本 1件×
1件○(債務不存在)
1件×

以下では、各国の状況をニュース記事から簡単にご紹介します。

(1)アメリカ

●原告:アップル→被告:サムスン
2012年8月24日、カリフォルニア州北部地区連邦地裁の陪審団は、アップルが主張している7件の特許のうち6件に侵害があり、うち5件には故意侵害があったと認定した上で、サムスンに10億5000万ドル(正確には、10億4934万3540ドル)の賠償金支払いを命じる評決をしました(ニュース記事)。また、アップルは、同年9月25日に、上記の賠償金に加え、新製品に関する7億700万ドル(約550億円)の損害賠追加で求める申立てや、サムスン製品26製品の販売を恒久的に阻止するよう要請しました(ニュース記事)。ただし、サムスン製品26製品の販売差止めに関しては、同年12月17日に、販売を差止めることまでは必要ないとして請求を棄却しています(ニュース記事)。また、損害賠償の追加の申し立てについても2013年1月30日に退けられているようです(ニュース記事)。なお、サムスン側は、この特許権侵害の判断に対して、再審を求める申立てを行っていたようですが、こちらも、退けられているようです(ニュース記事)。
このような状況の中、陪審員の10億5000万ドルの評決に関して、連邦地裁(判決文)は、2013年3月1日、賠償金額、10億4934万3540ドルのうち14製品の5億9890万8892ドルについては問題がないが、4億5051万4650ドル相当の部分に関して賠償金額を正しく算出するための新たな裁判を行うことを命じています(ニュース記事1ニュース記事2)。

その他、上記訴訟とは別に、iPadのデザインが模倣されたとしてタブレット端末「Galaxy Tab 10.1」の販売差止の仮処分が2012年6月26日に出され、サムスンはその取消しを求めていました(ニュース記事)。その最中、上記2012年8月の陪審判断において、タブレットのデザインに関する特許侵害がなかったと判断していた模様です。控訴審においては、同年 9月28日に、差止命令を解除すべきかをカルフォルニア州連邦地裁のLucy Koh判事に判断を委ね、Koh判事は、同年10月1日に、販売差止を解除しました(ニュース記事)。

さらに、アップルはサムスンに対し、「Siri」の音声検索機能の技術等に関する4件の特許について、カルフォルニア州北部地区連邦地裁に別訴を提起しています。この事件に関し、Lucy Koh判事は、2つの訴訟が並行して行われる必要があるか疑問があるとし、他の事件の判断が出るまで、2014年3月に予定されている審理を凍結するよう要請していました(2013年2月15日報道。ニュース記事1ニュース記事2)。この要請をサムスンは支持していたようですが、アップルは異議を唱えていました(ニュース記事)。Koh判事は、2013年3月8日、本件の審理を継続することを決定しましたが、アップル及びサムスンに対して、法的主張と専門家証人の数を限定することによって、争点を大幅に減らすよう命じています(ニュース記事)。

最後に、2011年7月、アップルは、アメリカの国際貿易委員会(ITC)に対して提訴を行っており、2012年10月に特許権侵害を認める仮判決を下していました。しかしながら、ITCは2013年1月23日に同判決の内容を見直す旨、発表しています(ニュース記事)。これは、同年4月1日に予備判定が出され、同年8月1日に最終判決が出される模様です(ニュース記事)。

●原告:サムスン→被告:アップル
サムスンは、デラウェア州連邦地裁に、特許侵害に基づき販売差止め等の訴訟を提起しています(ニュース記事)。「iPhone5」に関し、2012年10月2日、サムスンは、iPhone5をアメリカで提訴したとの報道がありました(ニュース記事)。この訴訟の本格的な審理は2014年に行われる見通しとされています(ニュース記事)。また、iPad miniや最新のiPad Touch、iPadのモデルも含めるよう求めています(ニュース記事)。

この他、サムスンは、国際貿易委員会(ITC)に対し、サムスン特許4件(USP7706348、USP7486644、USP6771980、USP7450114)の侵害をしたとして提訴していました(このうちの2件の特許は、必須特許で、FRAND宣言にのっとったライセンス提供が求められています)。ITCは、2012年9月14日、いずれの特許の侵害も認められず、提訴を棄却する仮決定を示しました(ニュース記事)。このITCの判決については、同年11月19日に見直すことに合意され(ニュース記事)ITCの委員6人全員による決定が2013年3月12日に出される予定でした。しかし、この決定が同年5月31日に延期されたようです(ニュース記事)。

(2)韓国

ソウル中央地裁は、2012年8月24日、アップルとサムスン双方に対して、両者共に特許侵害があったとする判断を示しています(ニュース記事)。記事によれば、アップルがサムスン特許2件を侵害し、サムスンはアップル特許1件を侵害するとして、アップルに4000万ウォン、サムスンに2500万ウォンの損害賠償の支払いを命じました。また、アップルのスマートフォン「iPhone 4」とタブレットの「iPad 2」、サムスンのスマートフォン「Galaxy SII」「Galaxy Nexus」、タブレットの「Galaxy Tab」「Galaxy Tab 10.1」の韓国での販売を禁止したようです。
この判決につき、アップル側は同判決の強制執行停止の申立てを行い、2012年10月11日に、ソウル中央地裁は、50億ウォンの供託を条件に強制執行を停止する決定をしたようです(ニュース記事)。なお、アップルとサムスンは双方判決を不服として控訴しており(ニュース記事)、現在審理中であると思われます。

(3)ドイツ

●原告:アップル→被告:サムスン
アップルはサムスンに対してこれまで6件の特許侵害に基づき訴訟を提起しているようです。このうち4件については判決を留保し、スライド式ロック解除機能に関する特許1件については、2012年3月2日に、マンハイム地裁が特許権侵害なしと判断しています(ニュース記事)。 また、アップルが提起したタッチパネル操作特許に関する訴訟で、マンハイム地裁は、同年9月21日、サムスンの特許侵害はなかったと判断しています(ニュース記事)。
アップルは、マンハイムの他に、ミュンヘンにおいてもタッチスクリーン関連特許の訴訟も提起しておりましたが、ミュンヘン地裁は、2012年2月2日、特許が無効である可能性が高いとして、特許権侵害はないと判示しました(ニュース記事)。
さらに、アップルは、デザインに関し、「Galaxy Tab 10.1」を対象に販売差止めの仮処分を行い、デュッセルドルフ地裁は2011年8月9日に、オランダを除くEUにおける販売の仮差止めを命じています(ニュース記事)。これに続き、アップルは、「Galaxy Tab 10.1N」もデザインを模倣したとして、販売差止めをデュッセルドルフ地裁に提起していましたが、2012年2月9日、「Galaxy Tab 10.1N」に関しては、アップルの権利を侵害していないとの判断を示しています(ニュース記事)。

●原告:サムスン→被告:アップル
サムスンは、アップルに対し、特許3件の侵害があったとして訴訟を提起していましたが、マンハイム地裁は、2012年1月20日判決、1月27日判決及び3月2日判決により、いずれも特許を侵害していないという判断を示しています(1月20日判決記事1月27日判決記事3月2日判決記事)。報道によれば、控訴する予定である旨記載されています。
その後、2012年12月19日、サムスンは英・仏・独・伊・蘭の5か国でのアップルを相手とする訴訟のうち、必須標準特許に基づき販売差止を求める部分につき取り下げる(ただし、損害賠償請求は存続させる)旨のコメントを表明したようです(ニュース記事ニュース記事(英文))。この記事によれば、サムスンは「自社の技術を公平、合理的、非差別的という原則に従ってライセンス提供することを今後も引き続き心がけるつもりであり、裁判所よりも市場で争う方がよいと強く考えている。この精神に基づき、サムスンは、消費者の選択を保護することを目的として、欧州の裁判所において係争中のわれわれの標準必須特許に基づくAppleに対する販売差し止め請求を取り下げることを決定した。」とコメントしています。

(4)オーストラリア

●原告:アップル→被告:サムスン
アップルは、特許権侵害に基づき「Galaxy Tab 10.1」についてのオーストラリアでの販売差止め仮処分を申し立てており、2011年10月13日に連邦裁判所が販売差止めを認めました(ニュース記事)。これに対し、サムスンから不服申立てがあり、連邦裁判所は、2011年11月30日に販売差止めの仮処分を破棄しています。その後、販売差止めの仮処分の継続を求めたアップルの上告を受け、オーストラリア連邦最高裁判所は、同年12月2日に販売差止め仮処分をしました。しかし、同月9日、同裁判所により販売差止仮処分は解除されました(2011年12月2日付、及び同月9日付日経新聞電子版)。
また、アップルは、同年7月、タッチスクリーン技術に関する特許などで訴訟を提起しており、現在審理中です(ニュース記事)。2013年2月28日付けの記事においても、ピンチズームやスライドロックに関する機能の特許に関して、訴訟が係属しているようです(ニュース記事。この記事によれば、サムスンが、アップル特許に対してオーストラリア特許庁に無効審判を提起しているように読める記載もあります)。

●原告:サムスン→被告:アップル
サムスンは、3G技術関連の特許3件につき、侵害訴訟を提起しており、現在審理中です(ニュース記事)。

(5)イギリス

●原告:アップル→被告:サムスン
アップルがサムスンに対し、「iPad」のデザインを侵害したとして訴訟を提起していましたが、2012年7月9日、イギリス高等法院は、サムスンがアップルのデザインを侵害していないと判断した上で、アップルのイギリスのホームページ・新聞・雑誌に、アップル製品を模倣していないことを告知するよう命じました(ニュース記事:日本語英語)。この命令は、「サムスンの商品はアップルほどクールではない(not as cool)から、サムスンのタブレットはiPadと混同しない」と言及していることでも、話題にもなりました。その後、アップルは告知文を掲載したものの、その内容や掲載方法がイギリス高等法院の命令に沿っていないものと判断され、最終的に、告知文を適切な内容・態様のものへ修正するとともに、上記訴訟におけるサムスン側の弁護士費用をアップルが負担するよう命じました(ニュース記事)。

●原告:サムスン→被告:アップル
アップル製のモバイル端末で使用されている3G関連技術が、サムスンの保有する3Gネットワーク関連のデータ送受信に関する3件の特許権(いずれも「必須特許」に分類されるもの)の侵害にあたるとしてアップルを訴えていた訴訟で、イギリスの裁判所は2013年3月6日、3件の特許権すべてについて無効との判断をし、サムスンの訴えを退ける判決を下しました(ニュース記事)。なお、前記の通り、これに先立ち、2012年12月19日に販売差止を求める部分につき取り下げる(ただし、損害賠償請求は存続させる)旨のコメントを表明しています。

(6)フランス

●原告:サムスン→被告:アップル
サムスンからアップルに対し、2011年10月、サムスンが有するW-CDMA方式関連の特許2件を侵害しているとして販売差止め等を求めていましたが、2011年12月8日、パリ大審院はサムスンの請求を棄却しています(ニュース記事)。なお、その後の販売差止分の取り下げについては前記の通りです。

(7)イタリア

●原告:サムスン→被告:アップル
サムスンは、2011年10月5日、ミラノ地方裁判所に対してW-CDMA方式関連の特許に基づき販売差止めの仮処分を求めていましたが、2012年1月5日、サムスンの仮処分を棄却しています(ニュース記事)。

(8)オランダ

●原告:アップル→被告:サムスン
アップルは、サムスンに対し、ハーグ裁判所において特許権侵害に基づき販売差止めの仮処分を行っていましたが、2011年8月24日、裁判所は指で写真を送るフォトフリッキングの特許権侵害を認めています(ニュース記事)。この仮処分により、「Galaxy S」、「Galaxy SII」、「Galaxy Ace」などが販売停止となりました。なお、サムスンは後日、この発明を使わない機種を販売したようです(ニュース記事)。また、同じくハーグ裁判所でアップルが原告となり、サムスンを被告として争われたスマートフォンやタブレットの操作に関するマルチタッチ技術に関する特許侵害訴訟では、2012年10月24日、アップルの訴えを退けています。(ニュース記事)。

●原告:サムスン→被告:アップル
サムスンは、3G/UMTS通信技術関連の特許など4件の特許に基づき、販売差止めを請求していました。ハーグの裁判所は、2012年6月21日、1件(EP1188269)については特許侵害を認めました。しかし、当該特許は必須特許であるから、他社へのライセンスと公平、妥当、非差別的なライセンス料を定めるべきとする判断を示しています(ニュース記事)。なお、その後の販売差止分の取り下げについては前記の通りです。

(9)スペイン

2012年9月1日付日経新聞電子版の記事では、スペインにおいても、アップルのデザイン関連でサムスンを提訴しているとの記載があります(ニュース記事)。また、サムスンも、アップルに対して訴訟を提起しているようです(ニュース記事)。

(10)日本

●原告:アップル→被告:サムスン
まず、シンクロ方法の特許(第4204977号)につき、2012年8月31日、東京地裁は、サムスンがアップルの特許を侵害していないと判断を示しました(2012年8月31日の東京地裁判決の内容は前回のコラムにて紹介しております)。<
なお、サムスン製品の販売差止めを求める仮処分も申立てているようですが、その申立ては却下されているようです(ニュース記事)。
次いで、サムスンは、携帯電話のパケット通信で効率的にデータを送信する技術に関する特許(第4642898号)について、アップルに差止め等を求める仮処分の申し立てをしていましたが、2012年9月16日、アップルは、同特許に基づく損害賠償について債務不存在確認訴訟を提起しました。その判決が、2013年2月28日に出されました(判決文)。同判決では、アップルの特許侵害はあったものの、権利濫用を理由に、損害賠償を支払う義務はないと判断されました。

●原告:サムスン→被告:アップル
サムスンは、アプリケーションのダウンロードに関する特許(第3781731号)について、iPhone等の販売仮処分の申立てをしていました。同事件について、2012年9月14日に東京地裁で仮処分命令申立は却下されました。さらに、その控訴審である知財高裁は、2013年3月15日にサムスンの申立てを棄却した模様です(ニュース記事)。
なお、特許第4642898号についても差止め等の仮処分命令の申し立てを行っていましたが、上記のとおり、2012年9月24日に一部取り下げを行っています。また、上記のアップルが勝訴した2013年2月28日判決と同時に、サムスンが東京地裁に提起していた販売差止めを求める仮処分も却下されていると報道されています(ニュース記事)。

3.東京地裁2013年2月28日判決の内容~FRAND宣言とは何か?

(1)必須特許とFRAND宣言

2011年4月21日、サムスンは、自らの特許(第4642898号。「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び特許」。以下、「898特許」といいます)に基づき、アップルに対して販売差止め等の仮処分命令を申立てました。これに対して、アップルは9月16日、同特許に関して損害賠償義務が無いことの確認を求める訴訟(債務不存在確認訴訟)を提起しています。9月24日、サムスンはiPhone3GS及びiPad Wi-fi+3Gモデル(おそらく第1世代のiPadのことであると思われます)について、仮処分を取り下げました。
本判決は、アップルから提起された債務不存在確認訴訟において、アップルはサムスンに対して損害賠償を支払う必要はない旨確認したものです。

まず、今回問題となった898特許についてご説明しましょう。第3世代移動通信システム(3G)の世界標準化を目的とする民間団体Third Generation Partnership Project(3GPP)が策定した通信規格に、UMTS規格(Universal Mobile Telecommunication System)の「代替的Eビット解釈」というものがあります。898特許は、パケットデータ送受信の際に、プロコトルデータユニットのヘッダーサイズを減少させて、効率的に無線を利用しようとする技術なのですが、「代替的Eビット解釈」に準拠した製品の製造、販売等をするためには、サムスンのこの特許を使わなければならない、という(権利者側から見れば)非常に優秀な特許で、「必須特許」(または「必須標準特許」)といわれるものです。

この、「標準化」や「規格」とは一体どのようなものでしょうか。かつて、第2世代移動通信システム(2G)は、各国、互換性のないばらばらの規格に基づくシステムで運用されており、互換性に欠け、製品・サービスの利便性が低いものでした。また、企業側も、複数の規格に対応しなければならないため、製品化の互換性や製造・調達コストに悩まされていました。そこで、従来の音声サービスだけでなく、データサービス及びマルチメディアサービスを提供する第3世代移動通信システム(3G)の普及促進と付随する仕様を統一化するため、世界の標準化団体が結集し、1998年に3Gに関する標準化団体である3GPPが結成されました。
このような動きは、携帯電話だけではありません。DVDやMPEG-2などは、共通の規格を作り、それを推進してきました。これを「標準化」活動といいます。ただ、標準化規格を作るためには、通常、多くの企業がそれぞれ持つ技術を結集して規格を作る必要があります。そのため、多数の特許のライセンスが必要になります。しかし、多くの企業を個別に回り、別々に使用料を払っていくと、時間もコストもかかり、結局その規格は使えない=広まらないことになります。そこで、規格の必須特許を持つ会社が特許を持ち寄り、一括で多くの特許のライセンスを受けるような仕組みを作ることで、個別に企業を回る手間が省け、かつ結果的に使用料も安くなる、といった仕組みが取られているのです。特許権者は、特許を持ち寄ると個別の料率交渉が制約されるので、一見使用料が安くなってしまうようにも見えますが、規格の利用者の利便性を高めることで、その技術が広まれば、「薄く広く」使用料を集めることができ、結果として使用料収入の増加が期待できる、というメリットがあります。

ただ、規格の「必須特許」は、その特許がなければ製品が作れない非常に強い特許です。そのため、特許権者は、特定の会社にだけライセンスを与え、それ以外の会社はライセンスをしない、あるいはある会社だけ使用料を吊り上げる、などの不公平で差別的なライセンスを行えば、特定の会社を市場に参入させない、といったことも可能となってしまいます。
このように、標準化活動は、良い面もある一方、競争制限的な要素があるものです。そこで、標準化規格における必須特許を有している権利者は、「合理的かつ非差別的な条件」でライセンスをするように要請されています。これを、RAND (Reasonable And Non-Discliminatory)条件又はFRAND (Fair, Reasonable And Non-Discliminatory)条件と呼ぶことがあります。今回、サムスンは、898特許(ファミリー特許を含む)について、規格を使用したい人に対して、「公平、合理的かつ非差別的にライセンスを行う宣言」=FRAND宣言を行っていました(判決94頁)。
今回の判決は、FRAND宣言をした規格の「必須特許」に基づく損害賠償請求が認められるか、という点が問題となりました。

(2)判決の内容

裁判所は、まず、アップルの製品について、「代替的Eビット解釈」を採用する仕様書に基づいているか(=898特許の対象となるか)を判断しました。その上で、iPhone 3GS及びiPad Wifi+3Gモデルは、「代替的Eビット解釈」を採用する前の仕様書に基づくが、iPhone 4とiPad 2 Wifi+3Gモデルは、「代替的Eビット解釈」を採用する仕様書に基づくものであるとしています(判決74頁)。その後、特許の権利範囲を認定し、iPhone 4とiPad 2 Wifi+3Gモデルの898特許の特許権侵害を認めました(判決88頁)。
そして、「代替的Eビット解釈」の必須特許について、その規格を定めたETSIの知財ポリシーには、FRAND条件、すなわち「公正、合理的かつ非差別的な条件でライセンスを許諾すること」が定められていました。そして、アップルは、その規格技術を使うため、898特許を含むサムスンの特許のライセンスをするよう求めました。サムスンは、その特許についてFRAND宣言をしているため、公平、合理的かつ非差別的にライセンスをおこなわなければなりません。そのため、サムスンは、ライセンス契約を求めたアップルに対し、FRAND条件でのライセンス契約の締結に向け、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき「信義則上の義務」を負っていまます(判決101頁)。
その上で、判決は、サムスンがこのような誠実に交渉を行うべき「信義則上の義務」に違反した、と判断しました。その理由として大きく2点を挙げています。一点目として、サムスンがアップルに対して2011年7年に提示した料率について、アップルは、翌月、サムスンに対し、「非差別的な条件」=他社と同じ条件であったかどうかの情報提供を求めました。しかし、2012年9月になってもサムスンは使用料の算定根拠を示さなかったとされます。二点目として、サムスンが最初にアップルに示した料率について、アップルはサムソン提示の料率が法外であることを伝えた上で、アップルとしての料率の算定に関する基本的な考え方、及びクロスライセンスを含む具体的なライセンス案を提示していました。しかし、サムスンはアップルに対して、アップルの申し出は低額であることや、アップルのライセンスの申し込みはFRAND条件に基づくライセンスの申し出に当たらないといいながら、サムスンの料率の提示が不本意ならば案を提示するよう要請するのみで、アップルの提案に対して具体的なサムソンの対案を示さなかったことを挙げています(判決106頁)。
最後に、このような信義則上の義務に違反していること、iPhone3GS及びiPad Wi-fi+3Gモデルの仮処分は取り下げたもののiPhone 4やipad 2 Wifi+3Gモデルについては差止の仮処分を維持していること、規格に採用されてから2年が経過していること、ライセンス交渉経緯などを総合的に判断すると、898特許に基づき損害賠償請求を行使することは、権利の濫用にあたる、としました。

4.まとめ

アップル・サムスンの世界的訴訟においても、必須特許の権利行使について、様々な判断が下されています。たとえば、韓国では、必須特許に関して、サムスンの主張が認められています(ニュース記事)。一方で、欧州は必須特許に関する権利行使はなかなか認められていないようにも見受けられます。そして、2012年2月には、必須特許に基づく権利行使について、欧州委員会が独占禁止法の疑いでサムスンを本格調査するとの報道がなされており、欧州ではサムスンは必須特許の差止め請求を取り下げることになりました。また、アメリカにおいても、ITCの5月31日の判断が待たれるところです。

このように、世界各地で必須特許とFRAND条件に関する判断が下されています。各国の姿勢が明らかになっていく中で、今回東京地裁は、必須特許に関するFRAND条件について、契約交渉での信義則上の義務違反を認定する形で、「特許権に基づく損害賠償請求はできない」と判断をしました。あくまで、「権利濫用」が根拠ですので、必須特許に基づく損害賠償請求が一律に否定されたものではなく、今回のサムスンとアップルの交渉経緯に鑑みて、権利行使ができない、といったにすぎません。また、サムスンは、この訴訟にかかわらず、FRAND条件に基づいたライセンス料をアップルから得ることはできます。ただ、必須特許に関する交渉態度によっては、損害賠償請求をすることができない場合を示した点で、規格の特許権の行使に関わる重要な判決といえるでしょう(何をもってFRAND条項の違反となるのか、企業の行動規範となるためには、まさしく「これからの判例の蓄積が待たれる」としか言えないところではありますが)。2大メーカーが繰り広げる特許紛争は、世界中での必須特許に関する権利行使論まで巻き込み、これからもますます目が離せないものになっていくものと思われます。

以上

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