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コラム column

2012年10月22日

著作権ファッション

「ファッション写真の著作権」

弁護士  桑野雄一郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)

日本において電子書籍の普及をけん引したのは漫画ですが,最近は漫画以外の作品の電子書籍化も進んできています。ファッション雑誌の電子書籍化も出版社各社が積極的に取り組もうとしている分野です。

もともと雑誌は,様々な著作者の創作した作品が掲載されていますので,電子書籍化をするための権利処理は,漫画や小説など比べると少し手間がかかります。出版社各社は,雑誌に作品を掲載するクリエイターに対して,包括的な覚書や契約書を締結してこの権利処理をしようとしています。

ただ,現在行われている,また行おうとしている権利処理が本当に十分なものなのか,疑問に感じることも少なくありません。

今回は,ファッション雑誌における重要な作品である写真(ファッション写真)について考えてみたいと思います。

■ ヘアメイク・スタイリストの位置づけ

写真の著作物性や著作者・著作権者が誰かが争われた裁判例はいくつもありますが,それらはいずれも写真の撮影者(カメラマン)を著作者であるとしています。写真はカメラを操作して製作するのですから,実際にカメラを操作したカメラマンが写真の著作物の創作者=著作者になるというのは至極当然の理解でしょう。

ファッション写真についても,このような理解に立って,出版社各社はカメラマンとの間で電子書籍化の権利処理をしていることが多いようです。

ここで問題になるのがファッション写真におけるヘアメイクやスタイリストの権利です。このことは別の機会にも述べたことがありますが,ヘアメイクやスタイリストの多くは,写真撮影の際の補助的な役割を果たしているにとどまります。ところが,中にはカリスマと呼ばれ,写真撮影においても中心的な役割を果たしている人もいます。

裁判例を丁寧に読むと,カメラマンが写真の著作物の著作者になる理由として,写真をどのような作品にするかを考え,それに基づいて被写体,その配置,全体の構図や照明の角度などを決め,露出やシャッター速度を調整するという,写真の創作過程をカメラマンが決定したということが挙げられています。そうすると,これらの全部または一部の決定に創作的に関与した人は,カメラマンでなくても写真の著作物の(共同)著作者になる可能性がありそうです。

カリスマと呼ばれるようなヘアメイクやスタイリストは,最終的にどのような写真をするかを自らが決め,被写体や構図や照明の角度などを決め,モデルのポーズや表情にも指示を出すなど,写真の創作過程において主体的で,創作的な役割を果たしているのが一般的です。そのようなヘアメイクやスタイリストは,カメラマンと共に写真の著作物の著作者になると考える余地があるのではないでしょうか。

ファッション雑誌の電子書籍化の権利処理に際して,このようなヘアメイクやスタイリストを度外視するのは少し危険な気がします。

■ レタッチャーの位置づけ

ファッション写真では,撮影した写真をそのまま使うことはせず,何らかの修正を施すことが少なくありません。デジタルカメラの普及により,そのような修正も容易になるのと同時に,従来ではできなかったような大幅な修正も可能になってきました。このような作業に携わるのがレタッチャーです。

レタッチャーの作業で一般的に知られているのは,履歴書の写真についてよく行われている,肌のシミなどを消したり,明るい色にしたり,というものです。ただ,最近はレタッチの技術も進んできて,窓ガラスに写ってしまった余計なものを消してしまう,昼間に撮影した写真を夜に撮影したように修正する,アクセサリーを書き加える,さらには女性のバストを大きく,足やウェストを細く見えるように修正する,といったことも行われています(さらに,複数の写真を組み合わせて1枚の写真のようにしてしまうなど,もはや写真の修正というレベルではなく,写真を素材にした新たな芸術作品の創作と評価できるものもありますが,本稿ではそこまでのレタッチはひとまず措くことにします。)。

デジタル技術の進展に伴い,このようなレタッチの作業にも個々のレタッチャーの個性が発揮される余地も出てきており,写真の制作に際して特定のレタッチャーに対して指名がかかることも少なくありません。

このような,レタッチの作業にレタッチャーの個性が表現されていると評価できる写真については,レタッチを経た最終的な成果物である写真については,レタッチャーも著作者として認められる余地があると考えられます。

このように考えると,ファッション写真の中には,カメラマンだけが著作者だと簡単には言えないものが少なからず存在していると言えます。制作過程に誰がどのように関与したのかを把握した上でなければ,誰が著作者であり,著作権者であるかを決めることはできないわけです。ファッション写真を含む雑誌の電子書籍化の権利処理はもう少し慎重に行う必要があるかもしれません。

■ スチール・カメラとムービー・カメラ

ファッション写真についてはもう一つの問題があります。

従来はスチール・カメラとムービー・カメラは,機材としても,それを扱うための技術も全く異なっており,その結果カメラマンも別々でした。ところが,デジタルカメラの急速な普及により,動画も静止画も同じ機材で容易に撮影ができるようになりました。その結果,スチール・カメラマンが,デジタルカメラを使って動画を撮影するということも徐々に増えてきているようです。ファッション写真の撮影に際して,連写機能で大量に撮影した写真から作品とする写真を選択するのではなく,撮影した動画の1コマを切り出して写真として作品にする,という手法をとるカメラマンも出てくることでしょう。

このような手法をとった場合,著作権法上は一つの問題が出てきます。写真と異なり,このように撮影された動画は映画の著作物ということになりますから,著作者はモダン・オーサーであり,著作権者は映画製作者ということになります。写真の世界がそして,撮影した動画から切り出した写真はあくまで映画の一場面を切り取った複製物ということになります。

では,このようなファッション写真ならぬ「ファッション映画」について,誰がモダン・オーサーであり,誰が映画製作者ということになるのでしょうか。もともと著作権法は,このような動画を「映画」としては想定していないこともあり,難しい問題になりますが,基本的には一律に判断することはできず,創作過程を踏まえてファッション映画毎に個別具体的に判断されることになるでしょう。カメラマン,ヘアメイク,スタイリストがモダン・オーサーとして著作者となるのと同時に,映画製作者として著作権者になることもあるでしょうし,撮影を依頼して現場を仕切った出版社なりが映画製作者になる場合もあるでしょう。


以上のように,ファッション写真の著作権についてはなかなか難しい問題が含まれていると思いますが,残念ながら今のところあまり議論はされていないようです。適切な権利処理を踏まえた電子書籍化を円滑に進めるためにも,ファッション写真の制作の実態を踏まえた議論が深まることを期待したいところです。

以上

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