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コラム column

2011年8月30日

著作権裁判IT法

「1秒でも利用したら侵害? ―― 音楽のサンプリングと原盤権」

弁護士  二関辰郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

■サンプリングとは

音楽におけるサンプリングとは、過去の曲や音源の一部をデジタル技術を用いて利用し、新たな曲を製作する方法をいう。ヒップホップやクラブ・ミュージックをはじめとして、さまざまな音楽のジャンルで広く用いられている*

* ウィキペディアのサンプリングの欄には、たくさんのサンプリングの実例が紹介されている。

■サンプリングの法的問題

音楽を収録したCDには、さまざまな権利がかかわっている。一般的な例でいえば、曲の作詞家・作曲家の権利(著作権・著作者人格権)、曲を歌唱・演奏している実演家の権利(著作隣接権・実演家人格権)、CDを製作したレコード製作者の権利(著作隣接権)である。では、CDの音楽を元ネタとして利用するサンプリングでは、これらの権利者のすべてから、許諾を得る必要があるのであろうか。

著作権に関して言えば、サンプリングによって、元ネタの創作性のある部分を利用して再生すれば、現行法では著作権侵害になる。それゆえ、そのような利用をする場合には、作詞家・作曲家といった著作権者の許諾を得る必要がある。他方、元ネタの利用部分が短い場合などで、その部分だけでは創作性がある表現を利用・再生したとは認められない場合には、著作権侵害にはならない。したがって、そのような利用の場合には、著作権者の許諾を得る必要はない。創作性がない部分を、どれだけループ(1つの音源を繰り返し再生すること)して長時間利用しようとも、侵害にならないことに変わりはない。

では、レコード製作者の権利(いわゆる原盤権*)についてはどうであろうか。この点については、元ネタの音源をそのまま利用すれば、たとえ1秒といった短い時間でも原盤権の侵害になるという考え方と、そうでないとする考え方がある。以下では、原盤権の問題に限定してサンプリングの問題を検討する。

* 実務でいう「原盤権」の用語は、実演家の権利を含めて用いられる場合もあるなど多義的とも言える。本コラムで後述する米国判決が、日本におけるレコード製作者の権利に相当する権利を取り扱っていることから、ここでは、いちおうレコード製作者の権利を意味する用語として「原盤権」の語を用いる。

■米国Bridgeport事件

日本には、サンプリングによる原盤権侵害の問題をとりあげた判決は存在しない。この点、訴訟大国と言われる米国は"さすが"であり、該当事例が存在する。ここではまず、有名なBridgeport判決を簡単に紹介する。

Bridgeport判決の事案は、原告曲のギターソロ(3音からなるリフで4秒続く)から、被告が2秒を抜粋し、その部分の音を低くしてループし、16ビートに変更したうえで利用したというものである。被告曲では、そういった部分が約7秒ずつ5回現れる。

この事案で、一審判決(Bridgeport Music Inc. v. Dimension Films, 230 F.Supp.2d 830, 842 (M.D. Tenn.2002))は、サンプリングされた箇所は原告曲にとって重要部分かもしれないが、一般的な視聴者や、原告曲に慣れ親しんでいる視聴者も、それを認識することができないから、両者の間に実質的類似性はない、として侵害を否定した。

これに対し、控訴審判決(Bridgeport Music Inc. v. Dimension Films, 410 F.3d 792 (6th Cir. 2005))は、サンプリングした抜粋がいかに少なくても、元の音源を利用した以上は侵害になると判示して、一審判決を覆した。

Bridgeport事件控訴審判決は、上記結論を導くにあたって、もっぱら米国著作権法の条文解釈を根拠としている(この条文解釈については、以下で簡単に触れる)。そして、そのような判断の背景として、明確な基準を採用することの重要性を指摘している。

たしかに、1秒あるいはそれ以下の短い時間であろうとも、元の音源を利用する以上はただちに侵害になる、という基準を貫徹することができれば、侵害の有無を判断する基準として明確である。

■日本でもBridgeport判決と同様の基準をとるべきとする考え方

日本においても、Bridgeport判決がとった基準と同じ基準を採用すべきであるとする考え方がある*。この立場は、日本と米国では法制度が異なるため、日本では、より、そのような結論をとりやすいとする。

米国には著作隣接権制度がないため、原盤権も著作権の1つとして保護される(サウンド・レコーディングの著作権として保護される)。これに対し、日本では著作権とは別に著作隣接権の制度があり、原盤権(レコード製作者の権利)は、著作隣接権として保護される。著作権の保護のためには創作性が必要であるが、他方、原盤権の保護のためには創作性は要求されていない。したがって、サンプリングにおいて、たとえ創作性のない部分を利用しただけでも、CDの音そのものを利用する限りは侵害になる、という結論を導きやすいことになる。

* 前田哲男・谷口元『音楽ビジネスの著作権』232頁は、結論として、「①著作権については、創作性のある部分が利用された場合にのみ侵害となる(利用された部分が短くてそれだけでは創作性が認められないなら、侵害とならない)、②著作隣接権については、創作性が直接関係せず、利用された部分が短くても侵害となるが、似たような音を別につくったのなら侵害とならない」と述べる。同書は、「この結論は、原曲の保護と新たな創作の自由をそれなりに調和させるものではないでしょうか」と論じている(同頁)。

■米国におけるBridgeport判決後の動き

Bridgeport控訴審判決を出した裁判所の管轄とは異なるが、Bridgeport控訴審判決に従わないことを明言した米国判決も出されている。

フロリダ州南部地区連邦地裁が出したSaregama判決(Saregama India Ltd. V. Mosley, 687 F.Supp.2d 1325 (S.D.Fla 2009))がそれである。同判決によれば、この判決の事案では、約1秒間の女性ヴォーカル部分がサンプリングされ、被告曲において4回利用されている。この約1秒の断片部分を別とすれば、原告曲と被告曲の2つの曲は完全に別のものであり、歌詞の内容、テンポ、リズム、アレンジが全く異なる。事前に警告を受けていなければ、平均的・一般的な視聴者は、音源が元の曲のものであると気づくことはまずないであろう、とSeregama判決は述べている。

この事案においてSeregama判決は、Bridgeport判決による米国著作権法の解釈は誤りであると指摘する。

米国著作権法114条(b)は、「...サウンド・レコーディングの著作権者の排他的権利は、著作権によって保護されるサウンド・レコーディングの音を模倣し又は類似したものであっても、すべての音を独自に固定した他のサウンド・レコーディングの作成または複製には及ばない」(下線は筆者)と規定している。

Bridgeport判決は、この条文で「すべての」とされていることを重くみて、その反対解釈として、ごくわずかでも元の音を利用した場合には、ただちにサウンド・レコーディングの著作権者の権利が及ぶとした。

これに対し、Seregama判決は、次のように判示して、Bridgeport判決の解釈は誤りであるという立場を明確にしている。

「この条文のより妥当な解釈は、著作権の対象となるサウンド・レコーディングの保護は、似たような音 であっても、著作権の対象となるサウンド・レコーディングのどの部分もそのまま利用していないものには『及ばない』ということである。この読み方においては、[被告曲]が、(1)[原告曲]からの音源のいずれかの部分をサンプリングし、かつ、(2)[原告曲]を「模倣するか似ている」場合に、[被告曲]は[原告曲]を侵害していることになる、という結論が含意されていると考えるのが適切である。...したがって、[米国著作権法]114条(b)の類似するサウンド・レコーディング作品の条項は、音が類似するサウンド・レコーディングの関係及びそれらが共通の音源を利用しているか否かを規律している。...[米国著作権法]114条(b)の立法経緯もこのような考え方を支えるものである...」(斜体の強調は原文)

そのうえでSeregama判決は、被告曲は原告曲と実質的に類似していないことから、被告曲が原告曲のサウンド・レコーディングの権利を侵害することはないと結論づけた*

* この事件は控訴されたが、控訴審(Seregama India Ltd. v. Mosley, 635 F.3d 1284 (11th Cir. 2011))は、別の論点に関する理由付けから原告による控訴を棄却した。したがって、原審のサウンド・レコーディングに関する判示部分は、控訴審として特に判断していない。

米国著作権法の分野で著名なNimmer教授も、Bridgeport判決は立法経緯を踏まえていないと批判する*

* Nimmer on Copyright, §13.03【A】【2】【b】

興味深いこととして、全米レコード協会(RIAA)は、このBridgeport判決に対して反対意見を表明しているとのことである。*

* 安藤和宏「アメリカにおけるミュージック・サンプリング訴訟に関する一考察(1)(2)-Newton判決とBridgeport判決が与える影響-」知的財産法政策学研究vol.23 P.243に紹介がある。RIAAの批判の骨子は、従前のルールにしたがって実務の慣行がすでに形成されているのに、裁判所が大きなルール変更を突然行うと実務に混乱をもたらす、という点にあるようである。

■Bridgeport判決とは異なる考え方

作花教授は、「サンプリング(sampling)により既存の音を利用する場合、当該音を作出したレコード製作者や実演家の権利、あるいは作曲家の権利がどのように及ぶかが、ひとつの検討課題となり得る。我が国の著作権法では、レコードや実演の保護対象は、固定された音又は演じられた実演そのものであり、創作性などが要件とされていないが、そのことにより、いかなるサンプリング利用に対しても権利が及び得るとの結論が導かれるものか否か、原レコード製作者等の正当な利益の確保及び新たな音楽創造の調和の観点から、検討を要する」と問題提起をしている。*

* 作花文雄『詳解著作権法[第4版]』P.504-505
同書は、この記述に続けて、「複製権や翻案権などが働くか否かは、サンプリングの結果、作出された音において、元のレコードや実演(又は楽曲)のどの程度の割合のものが利用されているか等の観点から判断されるものと思われる」とする。ここにいう「複製権や翻案権など」がどこまで含む趣旨なのか、文面からただちに明確ではない。ただし、文脈からすると、この部分は、直前の文が触れている「レコードや実演の保護対象」のことも含めた話をしているようにも思える。

『よくわかる音楽著作権ビジネス』の著者である安藤和宏氏は、「サンプリングしたフレーズが元のレコードを識別できる程度に再現されている場合は、たとえそのフレーズに創作性がなかったとしても、著作隣接権(レコード製作者の複製権)の侵害となり、反対に、もはや元のレコードが識別できないほどに変容している場合は、著作隣接権の侵害とならないと解すべきである」とする。*

* 安藤前掲論文P.278-279

■若干のコメント

Bridgeport判決のとる基準のように、侵害になるか否かの基準が明確であることは、たしかに魅力的である。

しかし、Bridgeport判決は、原審の判断を一部破棄したうえで差戻しているが、その際に、差戻後の第一審が、フェアユースの適用の有無について判断することは自由である旨述べている。フェアユース(公正利用)の適用の有無は、利用の目的及び性質、利用された部分の量及び実質性など、実質的な要素を踏まえて判断する抗弁である。したがって、Bridgeport判決を前提にした場合でも、米国法の下では、判断過程の入口で、いったんは形式的に侵害の有無を判断しつつも、次にフェアユースの適用可能性を判断する過程で、実質的観点を加味することになるともいえる。そうであるとすれば、形式的基準を貫徹できることになるわけではない。

また、すでに述べたとおり、Bridgeport判決は、RIAAから批判的に受け止められている。レコード協会のメンバーであるレコード会社は、サンプリングにおいて、権利者になることもあれば、利用者になることもある。そのように、立場の二面性(立場の交換可能性)を有する団体がBridgeport判決を支持していない点は、注目すべきであろう。

さらに、侵害が認められる場合には、損害賠償請求権や差止請求権という強力な権利が発生する。そのことを踏まえると、保護されるべき権利の範囲を決めるにあたって、実質的な要保護性という観点を取り入れない考え方には抵抗がある。元の音源を利用すれば、いかにわずかであっても直ちに侵害になるとするのではなく、保護に値する範囲の利用がある場合に初めて侵害の成立可能性をありとする基準が妥当なように思える。

その範囲を定めるにあたっては、そもそも著作隣接権はなぜ保護されるのかといった根本的な問題に立ち返る必要もありそうである。ただし、そのあたりまで本コラムで取り扱うのは荷が重いので、ここでは、著作隣接権に関する参考論文を1つだけあげておくとともに*、結論的には、上記安藤論文の考え方に魅力を感じる旨コメントを述べておくにとどめておきたい。

* 本山雅弘「著作隣接権の理論的課題」コピライト553号P.2(2007年5月号)


以上

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