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コラム column

2009年11月 5日

著作権法

「擬似著作権: ピーターラビット、お前に永遠の命をあげよう」

弁護士 福井健策(骨董通り法律事務所 for the Arts)

前回のコラムでは、「次回は映画の『製作委員会症候群』への対処策を考えてみたい」と予告した。が、口ほどにもなく苦戦中である。共同製作のメリットを生かしながら、権利分散化のリスクをどう回避するか、考えをまとめる時間がなかなか作れない。気がつけばほかの締切たちがゾンビのように迫って来る。もう年末年始の宿題にしようと早々に決め込んで、今回は別な話。

世の中には、理論的には著作権はないのだけれど、事実上著作権に近いような扱いを受けている(あるいは受けかねない)ケースがある。法的根拠はまったくないか、せいぜいが非常に怪しいものなのに、まるで法的権利があるように関係者が振る舞っている場面。「擬似著作権」と、ここでは名づけよう。

最近では「ペットの肖像権」などもこれにあたりそうだが、古くからあるものでは、著作権の保護期間の切れたキャラクターをめぐって、時折「擬似著作権」が生まれる。
ピーターラビットを例にとってみよう。

作家ビアトリクス・ポターは1943年没。イギリスの方だが、死後60数年経っているので、いわゆる戦時加算を計算に入れても日本では保護期間は切れている。「戦時加算」とは、アメリカやイギリスなどの旧連合国の戦前・戦中の著作物について、日本での保護期間を最大で10年5ヶ月ほど延ばすというルール。サンフランシスコ講和条約で日本側にだけ課せられた義務として導入された。敗戦国はつらいのだ。
この結果、1943年没のポターの戦前の作品は、日本では「著作者の死後50年」という原則が更に10年5ヶ月ほど延びるとしても、2004年以前に著作権が切れたことになる(2007年の大阪高裁判決でも確認済み)。

著作権が消滅した状態を「パブリック・ドメイン」(=PD)という。PDの書籍ばかりを集めた電子図書館として著名な、アメリカの「プロジェクト・グーテンベルク」にも、かわいいピーターラビットの絵本がたくさん掲載されている。
http://www.gutenberg.org/files/14838/14838-h/14838-h.htm ほか)
このように、PDならば誰がその絵本を出版しようが、絵柄を使おうが基本的には自由だ。

日本では「ピーターラビットの絵本」といえば福音館書店が思い浮かぶが、ほかの出版社からも書籍が出ている。それに、ピーターラビットを利用したキャラクタービジネスも実に盛んだ。ところが、こうした絵本やグッズを見ると、ちょっとおもしろい表示に気づく。

ピーターラビットの権利表示:

ピーターラビットの権利表示


いわゆる権利表示だ。「権利表示」とは、よく見かける「©マーク」などのことで、誰がその作品の権利をもっているかを表示している。もっとも、このケースでは随分長い。
まず、ロゴマークに続いて、作家であるポターの名前とピーターラビットという名称が載っているが、それぞれの右上に小さな文字がある。ご覧になれるだろうか。「TM」と書いてある。「トレードマーク」の略で、「この言葉は商標である」という意味だ。つまり「ビアトリクス・ポター(←これ商標)とピーターラビット(←これも商標)」と書いてあるのだ。最近は、欧米発の商品やサービスを中心によく見られ、文章中に何度も登場すると五月蝿いことこの上ない。似たもので、「®」とあれば登録商標を指す。
それから、通常の「©マーク」があって、現在著作権を保有しているという会社の名前がある。出版界で世界第2位の巨人、「ペンギン・グループ」の子会社である。更に、「この会社はポターのキャラクター・名称・イラストの全部の著作権と商標権をもっている」という文章、日本でのライセンス管理者の名称、が続く。ここで「ペンギンがウサギを所有か」などとつぶやいても、誰も座布団はくれない。

この記載じたいは、必ずしも間違いとは言えない。前半部分は、「ポター」や「ピーターラビット」という言葉は商標だから使い方に気をつけてね、ということだ。
「商標権」とは何か。ごくラフに言えば、「登録商標やそれと似たマークを、類似する商品やサービスに使用することなどを禁止できる権利」である。日本では、商標権は著作権と違って、特許庁に登録することではじめて発生する権利だが、「不正競争防止法」という法律もあって、登録していない商標などでも、同じように守られることがある。

確かに、ある一定の状況下で、ピーターラビットの名称や絵柄が商標として守られる場合はあるだろう。また、ピーターラビットの著作権がまだ切れていない国・地域も、世界にはあるだろう。

しかし、少なくとも日本ではピーターラビットの著作権は切れている。著作者が創作コストを回収するために与えられた独占管理の期間(1902年発行の最初の絵本について言えば約102年間)は過ぎて、作品は万人に開かれた文化の土壌に帰った。だから誰でも自由に絵本を出版したり、原画を使える。それが著作権法の最も基本的なルールである。
商標権があれば、第三者がそのマークを「商標として使うこと」(=商標的使用)は制限される。だが効果は基本的にそこまでだ。商標として使うのでなく、ピーターラビットの原画を誰かが出版するなどの利用では、これを止めることやお金を要求することは、原則としてできない。
つまりは、保護期間が切れて新訳ブームを起こした『星の王子さま』と同じ原則が働くのだ。商標として主張したところで、一度切れた著作権を復活させたり、無限に延命させる効果は、当然ない。

しかし日本では、時に延命できてしまうのである。一見「知財権のような」もっともらしい権利主張に出くわすと、特にその者が欧米の権利者で複雑そうな警告表示をしていたり、強い後ろ盾があったりすると、とりあえず権利があるかのように許可を申請し、高額な使用料すら払う。ライセンス契約にはしばしば、こちらを将来まで拘束するような条件が記載されている。ライセンスを受けたという前例が既成事実化して、自分たち自身をしばる不思議な業界秩序ができあがる。
かくて、時として100年も前の作品が「永遠の著作権」を得て、どこかにいる権利者のために日本で高額なライセンス収入を稼ぐ事態が生れる。
この経済状況下で、高額な対価を払うゆとりのある会社がまだ多いなら、それもいいだろう。では、そんな難解な手管を使わなくても著作権があるに決まっている現役のクリエイター達は、各自の貢献に見合った対価をいつも受け取っているだろうか。

しこうして「知財先進国」、いまだ成らず。

以上

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